Very50主催 社会から逆算する探究学習

Very50主催 社会から逆算する探究学習に参加してきました。
登壇者
鴎友学園名誉校長 吉野先生
茨城県立並木中等教育学校校長 中島先生
Very50代表 菅谷氏
2020/2/15 1400~1800
前回のイベントで顔見知りになった鴎友の吉野名誉校長の発信を目当てに参加しましたが、全体の全てが全て期待以上の素晴らしいイベントで大満足です。
先日の荒瀬先生の講演のテーマでもあった、『教育改革頓挫の先』に明るい未来を感じさせて頂いた素晴らしいイベントでした。
吉野先生のお話は、鴎友学園がどのように女子教育の存在意義を模索し、改革を成し遂げてきたのかが中心。学力軸とは別に社会性としての非認知能力を軸に女子教育に取り組んで来られたのかについて、勉強になる点、参考になる点が多くありました。ベネッセのスタディサポートの中にある心理・スキルテストの4類型(途上型・社会型・自我型・達成型)を単なる診断ツールではなく、理念共有を土台にした教育成果をメタ認知するコンパスとして活用されたことに感動しました。またVery50がNPOの理念として掲げる4類型(Greed/Parasite/Dreamer/Very50=自立した優しい挑戦者)とも非常に親和性が高いことにも驚かされました。どちらも四象限マトリックスであるのに、見るものをそこに縛り付けて支配しマウントを取り価値観を一方的に押し付けるためのものではなく、成長や変化を促す素晴らしいデザインに見えるところが、多くの胡散臭いコンサル的なデザインとは全く違うものだと感じました。
私からは質問として、『生徒の自己肯定感の視点から、社会型→途上型→自我型→達成型の成長モデルが多くのモデルの1つに過ぎないのではないか』という直感を基に、守破離の生活指導モデルについて、先生のお考えを聞かせて頂きました。ICT活用含め、社会や家庭教育の実情が変数として機能しうる点について大いに共感しました。
中島先生は、最早エンターテイナーの域に達しておられました。日本史の先生としても教科書だけでなく参考書も多く出版されている先生。板書を一切しないスタイルで地域三番手校をセンター試験平均で県内ベストに導いた実績を持ちながら、そこに安住することなく、『楽しくない学びは学びではない』という信念を持ち、Active Learningに取り組まれてきた歴史をお話下さいました。ALを広める為に独自のアイデアで開発された用語の数々に、ただただ感動。AL指数(授業でのアクティブラーニングの度合いを測定する指数。でもその真意は先生の心的ハードルを下げる仕掛け)、R80(出口汪氏の論理トレーニングから着想を得た論理力養成ツール。論理的思考力ではない点が興味深い。RSTと似ている発想。高い学力層を教えた経験から学力の基盤となる力を論理力と喝破し、それを養成するツール)、Co-Syudan-co(個→集団→個へと学習をデザインしテストで点も取れる成果が出ないようなALでは意味がない、とする授業デザイン)、TO学習(六学年の集団を人的リソースとして活かし、上級生が下級生を教える取り組み。イエナプランを思い出しました)、4方向リスペクト(生徒×教員)、NT5(ニュータイプ校の5要件)、AAL(【Art&哲学】×AL)など。数々のアイデア満載の独自用語を繰り出しながらも、ガンダム愛、エヴァンゲリオン愛を滲ませ笑いを取りつつ、実は全てが生徒と教員への愛に溢れた先生の宝物を見せられた気分でした。
中島先生は探究の出発点として堀川高校を見学されたとお話になってましたが、二日前に講演会でお会いした荒瀬先生との繋がりにも不思議なご縁を感じました。
私からは、『4方向リスペクトの中で最も難しいと思われる教員×教員リスペクトを校長としてどう生み出されたのか?』を質問しました。先生のお答えは先日のある企業でのワークショップに通じるものでした。一言で言えば、『最初から無理しない』。
中島先生の講演の締めは、いつも歌。
今回はゆずの『栄光の架け橋』。
歌上手すぎやろ?
お二人とも住む世界が違うと感じる素晴らしいリーダーだと、感動しました。
菅谷さんからのお話は前回と同じかと思いきや、これもまたいい意味で期待を裏切ってくれました。まさか、Newspicksの世界をバッサリ斬るとは。Very50というチームが、何故これだけ素晴らしい場を提供出来るのかが少し分かった気がします。中島先生のAALの話に感動した点は吉野先生、菅谷さん、私も全く同じ点で、言語化出来ない領域の魅力についてのワクワク感を共有出来たことがとても嬉しかったです。
そして、実は今日のMVPだと私が思ったのは、この会を回したVery50の中山さん。スラムダンクで言うとPG仙道君。視野の広さ、瞬時の判断、並では出来ません。
荒瀬先生の講演に続いて、こんなに面白い会になるとは。お腹いっぱいです。

2018年 PISA ショック!? fact と opinion

2019年12月3日に発信されたPISA調査について様々な報道や評論がなされている。

「日本の15歳「読解力」15位に後退 デジタル活用進まず」(日本経済新聞2019.12.3)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52905290T01C19A2CC1000/

18年調査で日本は全国の高校など183校の1年生約6100人が参加した。
日本の読解力の平均得点は504点で、OECD加盟国の平均(487点)は上回ったものの、
前回から12点下がった。408点未満の低得点層の生徒の割合が全体の16.9%を占め、
15年調査よりも4ポイント増えた。読解力調査では、インターネットで情報が行き交う現状を反映し、ブログなどを読んで解答を選んだり記述したりする内容が出された。文科省によると、日本の生徒は、書いてある内容を理解する力は安定して高かったが、文章の中から必要な情報を探し出す問題が苦手だった。情報が正しいかを評価したり、根拠を示して自分の考え
を説明する問題も低迷した。OECDのシュライヒャー教育・スキル局長は「日本の生徒はデジタル時代の複雑な文章を読むのに慣れていない」とみる。IT(情報技術)機器を扱うスキルが影響したとの見方もある。PISAは15年調査で、紙に手書きで解答する方式からパソコンで入力する方式に変更しており、文科省は「日本の生徒は機器の操作に慣れていないことが影響した可能性がある」とする。OECDが今回の調査と同時に実施したアンケートでは、1週間の授業で「デジタル機器を使用しない」と答えた日本の生徒は、国語が83%、数学が89%、理科が75.9%を占めた。利用率はいずれもOECD加盟国中で最下位で、デジタル活用が進んでいない実態も示した。文科省は今後、情報を精査して自分の考えをまとめて発表したり、多様な文章を読んで生徒同士で話し合ったりする授業に力を入れる。デジタル時代に対応した学力を伸ばすため、小中学校の児童生徒1人あたり1台のパソコンを配備することも目指す。

「PISA調査 日本の読解力低迷、読書習慣の減少も影響か(産経2019.12.3)
https://www.sankei.com/life/news/191203/lif1912030037-n1.html
日本の読解力の順位は、前々回の2012年調査では過去最高の4位だったが、前回の15年は8位、今回は15位と急落した。文科省によれば、小6と中3を対象に毎年実施している全国学力テストなどでは、特に学力低下の傾向はみられないといい、同省担当者は「今回のPISAで読解力がなぜ低下しているのか要因を特定するのは難しい」と話す。考えられる一つは、15年から導入されたパソコンを使ったテスト形式に不慣れなこと。日本の生徒は紙の筆記テストに慣れ、ポイントとなる部分に線を引くなどして思考を深める傾向があるため、パソコンではそれができず、戸惑うケースが多かったとみられる。

 

2018年3月のESN英語教育総合研究会の発表でもお話させて頂きましたが英語民間試験導入や国数の記述問題導入の是非についても、問題を解きもせず多角的な検証もせず、多くのマスコミが記事を書き「英語入試民間試験活用。進まぬ大学の理解」といった見出しが踊りました。

「とにかく情報化の時代、スピード感が大事」といった発信も相変わらず多い。
もちろん、それも必要なことだと思います。
しかし、多くの子どもたちの教育のグランドデザインに関わるようなことについてあまりに安易で幼稚なレベルでの反応がそのまま政策の前提として突き進んでしまうことは現場の教員にとって迷惑なだけではなく、何より子どもたちにとって無責任すぎると思います。

まず、問題くらい解いてみようよと。
この問題に限らず、「一次資料」にすらあたらずになされる発信がしかも大きなメディアからなされることに個人的には最も大きな劣化を感じざるを得ません。

PISAの問題については国立教育政策研究所のサイトに2000年からの情報が整理されています。
https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/index.html

日本の学生が苦戦したという問題を解いてみました。
一部で、
「日本語訳が原文の英語に比べて分かりにくい。これでは日本人が苦戦して当たり前。不利」といったご指摘もあります。

このご指摘が当たっているかどうかは、実際に検証してみないとなんとも言えないと思います(課題文訳を変えたら得点が上がるのか?)が、私は課題文の問題というよりも、Critical Thinking Skillの訓練が単に日本ではあまりなされていないのに対して欧米では小学校の教科書レベルから当たり前に課題として取り上げられていることに要因があると見ます。

なぜなら、今回の問題は、RSTなどで確認される「同義文判定」や「係り受け」といった読解の基礎スキルではなく、発信内容がopinionなのかfactなのかを識別させる問題なども含まれているからです。

だから読解力がないわけではないから心配無用とかそういうことにもならないと思います。現在日本で行われている教育を全否定するつもりもありませんが足りないものを足りないと認識し、これからの時代を生きる子どもたちに必要な訓練や教育なのだとしたら、「私たち大人がそういう教育を受けた・受けてない、出来る・出来ない」ではなく、きちんとやらなければならないと思うからです。

私自身はこのPISAで試されているようなCTスキル(Critical Thinking Skill)の訓練は必要だと思っています。ただ、opinion / factの二分法についてはその是非について、アメリカ国内でも議論があります。

2018年の「未来の先生展」やCIEE様のTOEFLアライアンス総会でもご紹介させて頂きましたが、私自身はこの2分法に限界や問題があると考え、授業や教材では4分法を採用しています。

簡単に言うと

① 日本にはたくさん人がいる。  → opinion?
② 日本には300人の人がいる。 → fact?

といった分類に何の意味も感じないからです。

2010年前後に山田先生(ESN英語教育総合研究会CT研究代表)にご教示頂いたのですがfactの定義についても、truthと混同されているケースが多い点に課題を感じます。
sourceが明確であるものがfact。これは真偽とは関係ありません。
上記の②は明らかな間違いですが、仮に「東大A教授は日本には300人いると言った」
とソースが明示されていればfalseではありますが、factとなります。

話をPISAに戻すと、正しい数字などの客観的だと思われる要素が入ってるものをfact、主観的な感情や価値判断を伴う形容詞(manyなど)や助動詞が入ってたらopinionこんな具合に誤解されつつも、欧米では論拠を伴う発信を早い段階から訓練されている。

こうした教育が今の子どもたち、いや私たち大人にとっても必要だと私は強く思います。

ただ、何のために? の部分では葛藤があります。

多くの場合、Logical Thinking Skill や Critical Thinking Skillは

□ 相手の弱点をついて議論を有利に進める
□ 氾濫する情報に欺されない

といったことを目的としているように思えることが多い、というか、ほとんどそういう人にしか会ったことがない。

私自身は、Auburn Universityの研究を参考に以下の4分法を高大の授業で使って指導しています。

① fact ソースが明確なもの
② untested claim ソース不在で情報源を確認すべきもの
③ false claim 常識、専門知識などがあれば誤りと断定出来るもの
④ opinion 意見。筆者の主観

上記の4分法にも限界はあります。
そもそも、「事実などない。あるのはただ解釈だけである」というニーチェの言葉通り、truthが楽観的にあると考えるのはあまりにロマンティックすぎるのかもしれません。

ただ、私が希望を持っているのは、「sourceを提示・共有しようとする試み」そのものです。

まず、ソースの提示義務が書き手にある、とする原則は日本の報道などを見ると徹底すべきかと思います。文学や芸術作品にそんなものを求める必要などありませんが日本人の報道や発信に決定的に欠けているものとして強化されるべきではないでしょうか。(最初に紹介した産経・日経の記事も一部ソースの提示はありますが、そのfactからopinionへの連携はかなり強引に感じます)

この点については、小熊英二さんの最近の発信姿勢に学ぶところが多いです。
彼の本や記事は最近、これを特に意識されてる書き方をされていると感じます。新聞でのコラムなどでもきちんと読む側が判断出来る材料としての一次資料などを提示されてます。これは自分の主張の正当性を根拠とともに発信する姿勢として欧米や学問の世界では当然のことかと思います。

少なくとも『関係者Aによると』とか、散々根拠も示さず自分の意見言った後に、『ということにもなりかねない』式の発信はもういい加減にやめてほしいですね。

そして私が希望を持つのは、sourceの提示・共有が議論の発展の為の手段となりうるからです。

元々利害関係が対立している、価値観が違う当事者同士が議論をする前とした後で何も変わらず、どちらが勝つか、負けるかのみ目指す。CTスキルのこうした使い方は誰も幸せにしない。

相手がなぜそう考えるのか、それぞれが確認し合いながらよりよい関係や世界を創るための共生・共創を目指す第一歩としてfactの意義を認める。
こんな考えは甘いのかも知れませんが、私はそこにCTスキル向上の意義を感じています。

蛇足ですが、関西人の方がよく使う言葉。
「知らんけど」

これ最強ですね。言いたい放題言って、証明放棄。
ただ、不思議なんですよね。言い方によってはなんか暖かく感じる。それは自分の発信はその程度のもんやし、とりあえず食いに行こ、と言われているような気がする・・・こともあるかな(笑)。
ちなみに、「ランキングに一喜一憂するのでなく冷静に受け止めよう」という発信もきちんとあります。私自身も是非参考にすべきかと思います。知らんけど。

https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/20191204-00153583/

法政大学 田中先生のプロティアンキャリア講演会に参加してきました。

田中研之輔教授(法政大学)の研修会に参加してきました。素晴らしかったです。

田中先生については以下のサイトなどどうぞ。

人生100年時代、マルチステージを生き抜くプロティアンキャリアという考え方


最も魅力を感じたのは「キャリアコンピテンシー」から「キャリアキャピタル」へ、という考え方です。
キャリアキャピタルは「行動の蓄積・文化資本・社会関係資本・経済資本」を要素にデザインされています。この考え方を理解してようやく生徒の行動記録などの意義に対する理解も少し深まった気がします。

ただ、新たな疑問として以下のような点が生まれました。
① 子どもたちの「キャリア資本=行動蓄積・文化資本・社会関係資本・経済資本」を子どもたち自身の成長のツールとすることと、大学、企業や資本側が採用のツールとして用いるのは明らかに違う。後者は果たして正しいことなのか?これはeポートフォリオについての私の疑問とも共通します。ブロックチェーンとの相性の良さもイメージ出来ますが、取引ではなく、子どもたちの資質を資本とし、これを共有することに問題はないか?
② 「キャリア資本」を用いて、ロールモデルを活用する話がありました。たとえば、税理士はどのようなキャリア資本を持つのか?といったことから子どもたちが蓄積すべきキャリアを認識しやすくする。これはこれで魅力なのですが、税理士に限らず、ロールモデルそのものが時代の変化とともに急速に変化する時代に果たして静的なモデルとして機能するのか?また、士業に限らず、現在の社会人が短期的なロールモデルとしてしか機能しないのであれば、このキャリア資本のモデルには限界があるようにも感じます。

別のデザインとして、「色の三原色」のようなモデルの方がよいのではないか?ABCDEF・・・∞

無限に生まれる様々な要素で、それぞれ求められる強さが時代とともに変化する。30年前の医者は赤が強かったが、今は黄色が強くなどのモデルが創れないか?
こうした疑問は講演を聴きながら沸いてきましたが、コンピテンシー評価は所詮偏差値指標と変わらない評価なので、そこから脱却する可能性だけでワクワクするようなお話を頂けたことに感謝しています。

知恵と勇気

『私は彼らがそれぞれに有能で、努力していたことは疑わない。しかし私には、彼らが知恵と勇気に欠けているように見えた。知恵とは、耳目に入る個々の事象を超えた、総合的な全体像を理解する能力。勇気とは、短期的には不都合であっても真実を語り、長期的な視点から社会に貢献する気概である。それらの欠落が「自分がやらなくても何とかなるだろう」という無責任を生んでいるようにも見えた。』

被災地復興の課題を十分に報道出来なかったマスコミに対する小熊英二さんの言葉。

(2016年3月8日16時30分)

他人事ではない。

教育だけにフォーカスして全体が見えない議論。
自分の現場のことだけを考え自分の居心地の良さだけになってしまう姿勢。

知恵も勇気も十分だと思って行動出来る訳ではないし
生きられるのは過去でも未来でもなく現在だけ。

今日は文化祭2日目。これからスタート。

昨日もちょっとした日常の業務の中での生徒との接し方で気づきがあった。

さてどんな一日になるのやら?

東大でのシンポジウムに参加してきました。

2019年2月10日に行われたシンポジウムに参加してきました。

会場は満員で全国各地から多くの方々が参加していたようです。

以下、内容を共有させて頂きます。ただ、まとめた私の主観が多分に反映された内容になっている点はご理解下さい。

センター主催シンポジウム「大学入学者選抜における英語試験のあり方をめぐって(2)」

日時 : 2019年2月10日(日)13:30~17:30 (17:40過ぎまで延長)
場所 : 東京大学本郷キャンパス 伊藤国際学術研究センター・B2 伊藤謝恩ホール

<趣旨>
2024年度以降の存続の是非が検討されているセンター試験「英語」について、作成・実施体制からテストとしての性能、高等学校におけるテスト対策の実施まで、振り返ります。また、間近に迫った民間試験導入の課題や、高等学校による英語運用能力の評価についても吟味します。

<研修内容報告>
□ 開会の挨拶 石井 洋二郎 東京大学理事・副学長
□ 講演
① 南風原 朝和 東京大学高大接続研究開発センター長 英語入試改革の現状と論点

文科省からの発信、国大協の発信、各国立大学の対応と発信、東大新聞や朝日、毎日、日経などの報道を時系列で振り返り、論点を5つにまとめるという内容。特に目新しい発信はなかったが、文科省発信が民間4技能試験を「認定」したのではなく「要件を満たすことを確認した」という発信に変化したこと、岩手県立大学のように認定試験利用から利用せずという方針変換をした例もあること、名古屋大学のように「出願要件として受験生にA2以上の資質があることを簡単な書類提出のみ(高等学校名・印のみの書式)にしたことなどの細かい情報を確認出来た(ネットの発信で既知のものばかりだったが)。後半の討論では司会であったこともあるが、前半の講演でも後半でも個人的意見の発信はほとんどなかった(民活決定までのプロセスについて大きな問題意識をお持ちの点は伝わってきた)。

② 大塚 雄作 京都大学名誉教授/大学入試センター名誉教授 大学入試センター試験はどのように作成・実施されてきたか
センター試験の作問、実施にまつわる苦労話が中心。50万人を超える受験生に実施する試験の作成・実施がいかに大変であったかを具体的な例を挙げながら説明(これは私なんかの想像を遥かに超えたプレッシャーなんだと思います)。「受験生のマークシートを2度読み込み、0.1%の確率で起こる結果の不一致があった場合には目視で確認する」「リスニングの2回読みは日常的雑音の可能性を考えた上での措置という面もある」など初めて聞く内容もあったが、「事故があった場合の対策としてのリスニングの2回読みという解決法が試験の公平性を損ねないのか?」「現役生の願書とりまとめを高校教員が無料でやっていること、大学側の試験当日の人件費の詳細はどうなっているのか」の2点について疑問に感じ、2点目を「質問用紙(質疑応答は不可だったので)」で質問したが、回答は得られなかった。また、現状のセンター試験の課題の1つとして、「現役と浪人の平均点格差の拡大」があるが、これは「センター試験を受験しても全く利用しない現役生が約22.1%=10万人程度存在すること」が要因であるという説明があった。この点は知らなかったので参考になった。また、「センター英語」が理科・社会の得点調整時に得点比較の検討づけのための核として使われていることも発信があった。「センター英語」の存在意義を強調する材料としての発信であったが、本質からズレている印象を持った。後半の討論では、「センター試験を文化遺産として保存し活用すべき」という参加者からの要望が紹介された。新テストにおいても、作成・実施のノウハウや経験は引き継がれていくことが確認された。
③ 荘島 宏二郎 大学入試センター研究開発部准教授 センター試験「英語」はどのような試験だったか
センター試験を各種統計的手法を用いて検証する内容。ヒストグラム、相関図、相関構造(ペアワイズ削除)、相関構造レーダーチャート、探索的因子分析(Mplus,ML,Geomin)、階層的FA(Amos,FIML)など後半の分析法は見たことがないものだったので興味深かった。荘島先生の仮説ではあるが、「英国=言語能力」を土台として、その上に「基礎学力」、その上に理数・古典が乗るという学力の構造モデルは、現在話題になっている新井紀子氏のRSTに通じるところがあり、今後の学力向上策を考える上で更に研究してみたいテーマであった。
後半の討論時の発信が非常に興味深かった。「新テストでは、センター試験で実施されていた、大問①=音声 大問②=文法が消えることでセンター試験の持つ高い識別力と信頼性(アルファ係数)が損なわれるのではないか?」という質問に対して、「確かに現行センター試験の識別力と信頼性に大きな寄与をしているのは大問②の文法であるが、英語の試験の妥当性として、その出題が適切であるかどうかの判断は試験の専門家の我々には出来ない。そこは英語教育の専門家に任せる。自分たちは、妥当性がなくても識別力・信頼性のみが高ければ良いとは考えない」という回答があったが、プロとして素晴らしい姿勢であると感じた。また、「民間試験の活用を残念に思わないか?」との問いに対しては、「センター試験がカバーしているのは全受験生の約44%であり、全受験生を拾い切れている訳ではない。民間試験が残りの56%の受験生に広くチャンスを与えるのであれば、併用には反対ではない」との発信もあった。試験設計におけるプロ意識に加えて、「試験の社会的意義」を十分に理解した発信も素晴らしかった。

④ 松井 孝志 山口県鴻城高等学校教諭 高等学校から見たセンター試験と民間試験の「英語」について
「英語語教育の明日はどっだ?」という人気ブログで知られる先生(私は数回覗いただけですが)。山口県の私立高校で勤務する前は都立高校、東京都の私立学校での勤務歴有り。「四技能」「二技能」の前に「英語という言葉」そのものへの関心を生徒に持たせたいという発信。模擬試験の酷さ、センター試験の酷さ、酷さを検証出来ない民間試験の問題など、「従来型試験・民間試験のどちらも是々非々で斬っていく姿勢」が今回のシンポの予定調和を崩しているように感じて清々しかった。また、現行のセンター試験対策でも地方の学生がどれだけ不利な条件にあるか(校外実施の模試受験は遠隔地での受験になる)についての内容が実にリアルに語られ興味深かった。民間試験導入が入試における格差を招いているとの声があるが、不公正・不公平は現状でも既に存在していることの実例として興味深かった。「バーを上げても記録は伸びない」「健康診断は大切で有益だが、診断ばかりを繰り返しても健康は増進しない(=試験勉強ばかりではなく英語そのものの日常の学びを大切に)」という言葉で発表が締めくくられた。

⑤ 亘理 陽一 静岡大学教育学部准教授 高等学校による英語運用能力のアセスメントについて

教員免許・検定資格試験受験経験・英語圏留学経験一切無しが自慢の先生。だが、外部試験導入反対の立場と言いながらも、現場の授業設計や行政との連携による授業アップデートの話が大半。民間試験が悪いというより、「民間試験に合わせて工夫のない授業展開をすることの愚」の方を糾弾する場面が多かった。また、「A2レベルの証明書を高等学校に課す名古屋大学の対応を絶賛する東大阿倍教授のTwitterを紹介しながら、当面の混乱を抑えるには良いのかも知れないが、この発信が「現状信頼されていない公教育や教員」に対する社会的信頼を更に深刻なレベルで失わせることになる可能性を考えれば、長期的には大きなマイナスになりかねない」との警鐘を鳴らした(阿倍先生にも悪意があっての発信ではなく、現場の混乱への配慮ではあると思うのですが)。会場に阿倍教授が参加していることも承知していながらの発信であったが、A2の診断を実際の授業でいかに行うのか?について具体的な教材の例を用いて説明し、自身の指摘の妥当性を十分な説得力をもって語っているとの印象を受けた。いずれにせよ、妥当性・信頼性のある「判定」を教員に課すのは現状酷であること、アセスメント能力の涵養はこれからで教員側の経験値も必要な時間も不十分であること、「追い風参考記録(教員が行う日常の活動評価は生徒のモチベーション向上を狙って甘めに評価すること)」でもよいという能力観の妥当性をどう考えるべきかといった鋭い問題提起が次々となされた。
後半の討論では、私から提出した質問への回答があった。私の質問は、「公教育として十分に意義を認めて貰える英語教育とはどういうものか?」という内容。それに対しての亘理先生の回答は以下の通り。「機能していない授業の多くに共通する特徴は、教材と活動の有機的な繋がりが薄いということ。下支えとなる学習活動・求められる技能の使用経験を積む言語活動が単元にないにも関わらず、独立したSpeaking活動がなされるといったことが多くの実態としてある。海外の教材では学習者の経験や背景知識について十分な配慮がされているものが多い(嘘はいいか悪いか等生徒が日常で考えられるレベルのテーマ等)。こうした点の改善が必要ではないか?」私の疑問の全てにお答え頂けた回答ではなかったが、現在取り組んでいる教材・授業の私案にリンクする点が多く、心強く感じた。また、行政と連携し、上手くいった活動や評価の例をデータベース化して広く共有しようという亘理先生の取り組みは、オープンイノベーションの典型として非常に魅力的に感じた。

⑥ 笹 のぶえ 東京都立三田高等学校長/全国高等学校長協会長 これからの大学入学者選抜に望むこと
ほぼ資料通りの進行と内容。民間試験実施の決定の後、具体的な内容についての発信がなかなか出てこない現状で現場がいかに苦しい状況にあるか、またそれにも関わらず、現場はやることを前提に、「少しでもよいものを」ということを願うことしか出来ないという苦悩を発信した内容。お立場もあったと思うが、スライド内容の読み上げに近い発信だったのが残念。

東大副学長の石井先生は、後半の討論で論点を整理する役割を担いながら、個人的な想いを吐露されていた。「民間試験活用については、まだ引き返せる。引き返すべき」とのお考えをお持ちであることがよく伝わってきた。ただ、東京大学も一枚岩ではない。南風原先生や石井先生が、どれほど熱心に自らの想いを発信しても、東大にも様々な考えがあり、国大協や学術会議で別の発信があれば、意見が実現することはない。僭越な言い方であるが、このシンポジウムが単なるガス抜きにならないことを期待したい。

 

さて、2018年3月にESN英語教育総合研究会で私自身が「民間試験の活用」については、かなり強い論調で否定した。当時は、民活について現場の教員ですら関心がまだ高くなかったしマスコミの論調も「国公立大は理解不足」というレベルで試験の中身や実施環境についての問題意識もほとんどなかったように思う。2018年の夏頃を境に、東大が活用せずとの意向を出した辺りから論調も変わってきたが、私自身は秋の未来の先生展、年末のTOEFLアライアンス総会の発表と進むにつれて、民活の是非の問題は興味の対象ではなくなっていった。

なぜそうなったか?多くの貴重な出逢いを頂いたことがきっかけであるが、本質的な問題ではないと自分では認識するようになったからだ。もちろん、民活による混乱の被害者が多く出ることは看過出来ないし、現場の一教員として自分の生徒であるなしに関わらず不利を受ける子ども達が出ることを、「仕方がない」とは到底思えない。試験が公平・公正に行われるべきだという考えに変わりはない。

しかし、公平性という問題については、松井先生もご指摘の通り、今の日本では民活と無関係に、既に確保されているなどとは言えない状況である。そもそも経済格差、地域格差が指摘されてから10年以上が経過している。首都圏の大学での地方生の占有率が極端に落ち込んだのはリーマンショック(2008-09)あたりの頃であり、10年も前のことである。リーマンショック以前にもバブル崩壊後、ジワジワと格差が広がっていたことを考えると、この問題は長い間放置されてきたのだ。それを民活が話題になった途端に大騒ぎする。欺瞞というか偽善というか…自分の反省を含めて。いずれにせよ、公平性の問題を民活の問題に矮小化すべきではない。

また、試験の精度ということについても、民間試験の多くが欠陥品と呼ぶべきものだという判断に変わりはないが、そもそも試験の精度を高めて人材のスクリーニング機能を極限まで追求することが、日本の人材活用にとって最善なのか?という疑問を持ち始めた。18歳~20歳の間までに、与えられた課題をどれだけこなせたかで選別することが現在の日本において、本当に妥当なシステムなのか?そもそも厳しいスクリーニングをくぐり抜けた先にある日本という国の持つパイはかつてのような終身雇用すら保証できない程度のものである。また、AO・一般推薦の拡大により、人材の選別の精度はもはや信頼に値するとも言えない。今回の教育改革の発信源である財界自体が、「日本のエリート選別システムの中で生まれ、グローバル市場で負けまくって、気の遠くなるような損失を出しても居座っている」状況を考えれば、「自分のようになっては駄目だ~」と言っているに等しい発信であるとも取れる。まあ、正直にそう言って貰い、お金をきちんと出してくれるくらいはして欲しいものだが。

脱線したので戻るが、今後の労働市場の流動性が高まるであろうことも合わせて考えれば、「必要だと思った時に活用出来る場」としての大学の意義が新しく創られるべきではないのか?願わくば、労働力が高流動なだけでなく、資本家も産業分野さえ流動させる仕組みであること、やり直せる保証を国家がきちんと国民に与えること、これらを実現している北欧型の社会に日本が進化し、その中で誰もが学び続けることの意義を実感出来るシステムの構築こそ必要なのではないか?いつまで試験の精度の追求に無駄な(と言ったら現場の方に失礼ですね。でも尊い努力を無駄にしたくないからこそ、敢えてそう言います)時間を掛けるのか?

財界発想の改革に対して、大学から今後の日本の進むべき道や目指すべき姿が発信されないことがとても残念である。そうしたVisionの構築力は、大学にいる多くの優秀な人材であれば私のような凡人には到底及ばないレベルで持っているはず。今後の大学発信の改革に期待したいと再度思ったシンポジウムであった。

さて、個人的には、このシンポジウムでも貴重なご縁を頂けたことが最大の収穫だった。私のしょぼい人生は、本当に人との縁に恵まれている。今回の出逢いにも心から感謝したい。

 

教育改革・社会改革の方向性はどっちだ?

2019年になり早くも1月が過ぎようとしています。

今年もよろしくお願い致します。

さて、以下の内容はFacebookの個人投稿として書いたものです。こちらでもほぼ丸ごと発信させて頂きます。

まず、一部で話題になっているGTECの会場と試験監督について

ベネッセの担当者に直接確認取れました。認定試験として行うGTECは会場、事務作業全てベネッセが準備とのこと。アセスメント版、検定版は従来通り。こちらはセンターの代わりに出せないもののようです。この発信昨年末にベネッセから各学校にあったようです。

高校が会場になり、高校教員が監督というのはデマのようです。もちろん中身の問題は解決してませんので本質的な話ではありませんが、共有させて頂きます。問題点はまだまだありますね。

ただこの民活の問題、私は昨年春の研究会から批判してきましたが、公教育そのもののアップデートを目指し代案を考えない限り、どこにも着地しないと思います。

現状では一旦中止し、新指導要領に基づく試験を従来通り大学入試センターが行う。その後、各大学がそれぞれの視点から多様性を担保される状況でアップデートを行う。

私としては公教育の形を歪に作り上げようとしてきた財界の求める社会のグランドデザインを変更すべきかと思います。財界が悪ということではありません。僭越ですが、数千億損失出してもトップが居座り、自分はPCすら仕事で使わないような今の財界では駄目だと考えます。

社会のグランドデザインの変更。これは言うほど簡単ではありませんが、それを実現しないと、「入試に向かわせる教育」=「残り少なくなった日本のパイを奪い合う勝ち組目指した一部のエスタブの為の教育」になってしまうのではないか。

また一方で財界の要求を現場を知らない不当なものとはねつけるのは良いですが、現状の公教育がこれからますます厳しくなる社会で必要とされる基礎学力を保証出来ないとしたら、新自由主義の現在の日本では、一部のヒステリックな教育に対する不満を餌に、公教育は破壊されるのではないかという危惧を抱くようになりました。そうなれば、今以上の格差と貧困の拡大は避けられない。大きすぎるテーマですが、皆様との繋がりを通して、良い方向へ向かう流れを作ることに微力ですが力を注ぎたいと考えてます。今後ともよろしくお願い致します。

ちなみに今関心があるのは、デンマークのフレキシキュリティ。この社会なら、学び続ける=資本の奴隷にならずに済むのではないかと可能性を感じています。

LT(Logical Thinking)&CT(Critical Thinking)教育が目指すべきもの

TVが登場したばかりの時代よりも「日々情報化が進む現代」においてLTスキルやCTスキルが、どこで生きるにせよ、特に重要なスキルであることは私のように日常に埋没している人間にもそれなりに実感として感じらるようになってきたように思います。

もちろん、私個人について言えば、
LTやCTに関する理論や実践方法についても
まだまだ知識や理解、何より経験が不足しているので、
当研究会の研究員としても、現場の教員としても、1人の人間としても、
学び探求し続けていこうと思っています。

また、特にこの分野の学びについては日本の教育全体も
相当遅れているように思います。

英米の小学生用の教科書を見ると、低学年の段階からLT/CTのスキルを重視し時間をかけて訓練されていることにただただ驚くばかりです。
こうした教育の延長線上にSATのreasoning test(2016年改訂)などがあることを思うと、
「現状の日本の教育は大きく変わらなければ駄目だ」という危機感も強く感じます。

ただ、その一方で、ずっと私の中で消えなかった問いがあります。

「LTやCTを重視する文化になぜ好戦的だと思われるような歴史や外交が目立って見受けられるのか?」

イギリス、ドイツ、アメリカ…。

LTやCTを重視しない文化でも好戦的な文化はあります。
ただ、LTやCTが目指す世界は「平和」「協調」であるはずなのに・・・。
なぜ?

□ LTやCTが重視されている文化でも、まだまだ教育の成果が不十分だから。
□ LTやCTと闘争本能的な部分はチャンネルが違うから。

私の問いにそう答える方が多かったし、私自身もそれくらいしか
答が浮かばなかったのですが、どうも「モヤモヤ感」が残っていました。

ヒントになったは、かえつ有明の山田先生、コトバンクの小泉さん、
十文字中高の高瀬先生と雑談していた時の山田先生の言葉でした。

「CTと言ったって、切り方によっていくらでも解釈は変わる」

といった内容のお話でした。(飲んでたんで記憶は曖昧)

謎が解けた! ということではありませんし、思索はまだまだ続けるつもりですが、
スーッと腑に落ちた瞬間でした。

簡単に言うと、「自分の通したい主張」が先行して存在していて、根拠となるEvidenceは都合のよい角度から切って用意する…。

これ、私を含め、誰もがついやってしまっていることだと思います。

相手を攻撃する場合にも、自分を守って言い訳する場合にも。
だからこそ、バイアスを極力排し、「ゼロベース思考」することも、もちろん必要で大事だと思います。しかし、それはそれで相当難しい作業です。

また、その「ゼロベース」という条件すら、先行する感情や主張が都合よく設定するものである場合すらあるかもしれません。そもそも「ゼロベース」という条件が現実の世界のどこかに存在するわけでもないですから。

大学時代に好きだった現象学の「現象学的還元」についても、果たしてそんなことが可能なのかと思った記憶があります。生意気にやってるつもりだったのかもしれませんが(笑)。

世界に付与されているあらゆる意味を取り除き、ありのままの世界を見ようとする試み。
アルチュール・ランボーの「見者」のように、固定化された認識の枠や限界の外に出て世界を認識する、なんてことに憧れたこともありますが、そもそもそこで見える景色が本当に「本物の世界」だという保証すらないわけで…。

話が逸れましたので戻します。

LTやCTを重視し、「考える力」を鍛えることは大切だけれども、あらゆる事象やデータの認識に限界があることを忘れず、解釈すら変わりうることを肝に銘じて、自分が信じる正義や真実が何を実現するのかを常に意識しながらスキルを駆使することが大切だと改めて思っています。

で、何でそんなことを言ってるのかいうと、教材や授業を進化させたくて色々学びながら
良いものを作っていきたいという試行錯誤の中で、今、私がまさに直面していることだからです。

Listening / Reading / Writing / Speakingを統合した授業案と教材を考え模索している時に
Parliamentary debate のことを知りました。

http://www.apdaweb.org/old/guide/rules.html

これを参考にWriting / Speaking / Presentationの活動を現状の生徒のレベルに合わせて作れないかと考えたのですが、Argument Structure の構築手順として、ARE(I)という構造が紹介されています。

A: Assertion
R: Reason
E: Evidence (Example)
I: Impact

Debateをやるとなると、自分の考えとして、まずAからスタートし、Rを考え、Eを探すという
手順になります。しかもdebateではAは自分の意見とは限らず、その場で与えられる。

お気づきだと思いますが、どちらの意見も相対化されるので構築力を鍛える訓練としては良いのですが、「相手を斬るためのLT/CT」になりかねない面もあるように思います。

重視すべきは、EによってARが変わりうるということだし、それを謙虚な姿勢で見続けることではないでしょうか?そもそもEを認知するにもLiteracyを鍛える学びが必要です。

Eにばかり気を取られ、ARIを発信出来ないのも問題ですし、ARIをきちんと組み立てるスキルの訓練も絶対に必要だと思います。何より、そこから先、「ともに」行動することが肝心。

 

しかし、Eを謙虚に追いかけ続け、違うEが認められば、ARIを勇気を持って修正、変更することも必要だし、そもそも、対立ではなく協働であれば、ARIをちんけなエゴの存在理由から切り離せばいいのではないか?

そういう学びが実現する教材と授業を作り上げていこうと思っています。

なので、単なるストラクチャーの理解や訓練に止まらない思考力育成の訓練になるような教材を目指して試行錯誤中です。

私1人では難しいので、是非色々な方々の力をお貸して欲しいです。
サンプル出来たら共有しますので、是非一緒にやりましょう!

この年齢になっても、不勉強で学んでこなかったことの多さに愕然としますし、やらなければと思うこともドンドン増えるばかりですが、新しいものを形にすることに取り組む時って
ワクワクします。

ESNがそのワクワクを共有できるネットワークになるようにしたいですね。

年末は、大阪での発表、高瀬先生、山田先生とのワークショップと、連続でお邪魔させて頂きます。

今年も残り僅かです。
多くの方とのご縁を頂いたことに改めて感謝する1年になりました。

来年もよろしくお願い致します。

よいお年を!

平成30年度全国学力・学習状況調査(予備調査) 中学校英語 (文科省実施)の問題について

USB配布による音声録音方式について、現場の状況を無視した(?)文科省からの無茶ぶりな実施方法が話題になっている全国学力・学習調査ですが、昨年度の問題を見てみました。(中3生対象)

文科省発信では「日本の学生はRL(Reading/Listneing)は得意だがSW(Speaking/Writing)が弱い」となっており、この点がTEAPやGTECの本校での実施結果と矛盾するということを未来の先生展2018でも指摘させて頂きました。

不勉強で、全国学力・学習調査の中身については見たことがなかったのですが今回目を通してみてびっくりしました。
これ、試験として大丈夫なんだろうか・・・。
とにかく突っ込みどころ満載です。
やらされた中3生がかわいそう。

私の個人的な感想がおかしいのかもしれないので皆様には是非ご自身の目で確かめて頂ければと思います。

平成31年度全国学力・学習状況調査 中学校英語「話すこと」調査に向けて
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-chousa/zenkoku/1409973.htm

英語予備調査について
http://www.nier.go.jp/18chousakekkahoukoku/kannren_chousa/eigo_yobichousa.html

① Listening (解答時間10分・4題)

【1】クラスルームイングリッシュを聞いて表してる絵を選択させる問題

放送された英語は、Close your textbook and raise your hand.

おいおい、これから何をさせるの?(笑)
こんな英語を教室で使ったことはないし、これからもないと思います。
出題の狙いは、「クラスルーム・イングリッシュを理解し、必要な情報を聞き取ることが出来る」だそうですが…。
問題作成者も、これを実施した文科省の役人も、一回くらい授業したら?
と言いたくなるような問題に思えますが、いかがですか?

他の2題は天気、Tシャツのデザインに関する問題で、単語さえ聞き取れれば出来る易しい問題です。

【2】パンダについてのSpeechとスライドの絵の組み合わせ

これも from China / zookeeprs / more pandas in Japan が聞き取れれば出来る易しい問題。
最後の絵はどうかと思いますが、別に大きな欠陥はありません。

【3】山登りに詳しい人のアドバイスを聞いて、その人が一番伝えたい内容として最も適切なものを選択する問題。

これがヤバイです。スクリプトは以下の通り。

You are going to take Course A and start climbing at 10 o’clock tomorrow, right?
But you have to take Course B and start earlier. Course B takes more time, but it is easier
than Course A. Course A is too difficult for junior high school students. The weather on the mountatin changes quickly. I’m afraid it’ll be rainy tomorrow afternoon. So you need to start before eight. Starting at ten is too late. That’s my advice.

この英文、ひどくないですか?

コースAで明日10時に登ろうとしてるね?でもコースBにしなければならないし、出発は早めなければならない。コースBはコースAより時間がかかるが、より簡単だ。コースAは中学生には難しすぎる。山の天気はすぐ変わる。明日の午後は雨が降るだろう。だから8時前には出発しなければならない。私のアドバイスは以上だ。

知識・技能だけではなく、論理的思考、批判的思考、創造的思考がこれからの時代には必要だ。
その通りですが、この内容で最も重要な情報を選ばせる問題の作問をしておいて言われても
説得力はゼロだと思います。まず子どもではなく、大人が勉強すべきではないでしょうか?

ちなみに選択肢は

1)Course B takes more time.

2) Course A is too difficult.

3) The weather on the mountain changes quickly.

4) You have to start before 8:00.

So you need to start before eight. の箇所からSoを帰結を表す論理マーカーと読ませ、
次の英文が最も重要だ、と解答させたいのでしょうか?

8時前に出発しなければならない理由は、コースBの所要時間がAよりも長いから?
それとも天気が急変しやすい山で明日は雨になるとアドバイザーが思うから?

Soの使い方がおかしくないですか?

私がおかしいのかと思って、生徒に聞いてみたら、「はぁ??」という反応。
だよね(笑)。支離滅裂な英文アドバイスを聞かされて、何が一番大切な情報かと
問われても・・・。

【4】今月帰国する英語の先生マイクのために学校で何かをしましょう。何をしたいですか?英語で1文以上で答えなさい。(英語指示)

問題コンセプトはいいです。模範解答が I want to sing with Mike. (笑)
間違ってないですが、 I want to ~ with Mike. なら何でもOKということなのかな。
なんか深く考えた生徒は時間内(解答時間1分)に考えがまとまらないでしょうね。

こうしたListeningの問題の成績をデータ化し、「日本の学生はListeningは出来る」
という結論に持っていく…。

文科省が日本の学生の4技能の現状把握の根拠として用いたのが(あるいはこれから用いるのが)この試験なのかどうか分かりませんが、もしそうなら、ちょっと問題ありだと思います。

皆様のご意見はいかがでしょうか?

② Reading(20分・4題)

【5】
空所補充4択問題
文脈を考えさせ、空所に入る単語を答えさせる問題。問題としては良問だと思います。
ただ、解答が dictionaries で distractorsが guitars/ cars / boxes ですから
迷いようがない簡単な問題です。

英文の内容と合う絵を答えさせる4択問題
two cats under a tree / playing with balls ですぐに解答出来ます。

時間割の内容と合う英文を選ばせる5択問題(あるだけ選べ方式)
あるだけ選べで、正解は1つ(笑)。まぁ、入試でもよくあるパターンでそれは
よいですが、消去法で確実に消せるので1つしか答えは残らない。
Time Tableで使われている英語の中には integrated study など難しい単語もあるので
「何、知らない」と不安になった中学3年生もいるかもしれませんね。
ただ、典型的な公立中学の生徒の時間割であるように思うので英語力を試したいのなら
別の国の時間割など、生徒が背景知識を共有しないものが望ましいのでは?

【6】英文を読んで、アウトラインを選ばせる4択問題
コンセプトとして良いと思います。私が中学生の時(もう30年以上前)にはこうした
問題はなかったのですが、読解力を見る工夫がされていると感じます。
最近のTOEFLの試験でもアウトラインやSummaryは出題されています。
4択よりも、Summaryとして適切な英文を選ばせる問題の方が良いと思いますが
難易度は上がってしまうので、作問の判断が難しいところです。
【7】 English Cafeという催しのホームページから、「参加者が事前に準備すべきこと」を
知るための情報が、4箇所のどこに書かれているかを聞く問題

良問だと思いました。

思考力系の問題というより情報を探す問題ですが、情報を探すという行為がReadingの目的の1つとしてあるので、コンセプトとしてよいと考えます。
【8】 Opinion Writing

videoとpictureのどちらがto remember good timesするのに適しているかという問題。

これがReadingの分野に入っている理由が分からないです。

③ Writing (15分・2題)

【9】
空所補充4択問題2題
これ、Writing? ただの文法問題2題です。 when / because を入れさせる問題

空所補充記述問題2題
これもただの文法問題。Do you practice/ I was busyを書かせる問題。

表の情報から3文書かせる問題。単純すぎてただの和文英訳と変わらない。
Sam is a teacher. He likes tennis. He doesn’t have a car. いずれも中1英語。

【10】 日本を訪れる外国人観光客向けのパンフレットとして、A gift from Japan の記事を30語以上の英語で書かせる問題。お勧めしたいものを1つあげ、理由を書く。

これ、Writingの問題として適切だとは思いますが、他の問題に比べて難易度が高いのが気になります。4技能のそれぞれの問題の難易度を合わせて、「日本の学生は○○の技能が弱い」と分析するのならよいのですが、パンダの絵の順番を記号で答える問題と同レベルとはとても思えないです。

④ Speaking

【1】絵を見て英語を言う問題が3問。それぞれ10秒。

What time is it? / How many children are there?/ What is this woman doing?
簡単な問題だが、数字だけで答えた場合にどうなるのか、など疑問点は残る。

【2】会話の流れに合う疑問文を言わせる問題?20秒。

これ、スクリプトしか公開されていませんが、問題として成立しているのかどうか…。
3人で会話している設定。「あなた・ナオミ・イギリスから来たリチャード先生」

先生 :3つの国に行きたい。アメリカ、カナダ、中国だね。
なおみ :なぜアメリカに行きたいんですか?
先生 :野球を見たい。興味があるんだ。
なおみ :そうなんですね。
先生 :オーストラリアにはまた行きたいな。
なおみ :いつ行かれたのですか?
先生 :2年前。楽しかった。
なおみ :私も行きたい。
先生 :Great!
(先生となおみが、あなたの方を見ます。)
なおみ :ところで、他に先生に質問ないですか?

これ、散々存在無視された後に、聞かれても…って思ってしまいましたが(笑)。

3人の会話にする意味があったのか?
二人の会話にして、 Do you have any other questions? に対して答える問題で
十分だったのでは?

設定に無理がある = 英語を使う状況を正しく設定出来ない作問者

というのが私の感想です。ちなみに模範解答が Why do you want to go to China?

やれやれ。

【3】1分考えた後、シンガポールの姉妹校の生徒にTV電話で自分の学校を紹介する問題。

ヒントとして、紹介する内容の例が載せてある。「学校のある場所や地域」「部活動」「学校行事」「先生や生徒」など。これら以外のことでも、一部のみの紹介でも可とのこと。

普通のSpeaking問題ですね。気になるのは、何をどう評価するのか?ということ。

発音?    (何をお手本に?アメリカ英語を基準にする?)
Fluency?  (短い言葉を挟みながらなど淀みなく紹介するのが良い、とするの?)
文法エラー?(単なる知識?)

そもそも1分しか考える時間がない訳で、知ってる英語をいかに使いながら30秒英語を話すのか?WPMが120だとしたら60語程度の英語になるでしょうか。

Speakingというよりは即興のプレゼンテーション能力が試されている感じですね。
これもありだと思いますが、難易度は中3生という対象を考えると、他技能に比べて高い気はします。もちろん、いかに知ってる易しい英語を使えるか次第でいくらでも難易度は下げられると思いますが。
長くなってしまいました。

まとめると

① なんじゃこれ? という問題として完成度の低いものが案外多い。
② 4技能のバランスを見るのであれば、難易度の調整がされていないのでは?

の2点です。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。

2019 定員抑制影響予想と問題点

私大定員超え 罰則強化せず 混乱回避 3年後再検討 (東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/education/edu_national/CK2018091902000196.html

これまでも再三扱ってきた、「私立大の定員抑制策」について
ようやく文科省からの発信があった。

まず、来年2月の入試に大きな影響を与える施策の発表が9月中旬になって
ようやく行われることについて、大きな違和感と怒りを覚える。

私大の中には、「文科省の施策に関係なく、前年度と同じハードルにする」
と発信しているところもあるが、この発表の内容次第では、それを変更せざるを
得ない状況もあったかもしれないことを考えると、説明会もとっくにスタートしている
この時期の発表は現場を無視した選択だと言わざるを得ない。

また文科省の発信にある文章。あの日本語は、「論理的思考力、批判的思考力、記述力、表現力」
をうたう人間の書くべき文章でしょうか?
一読して分かりにくい文言。相手に誤解無く伝えたいという意志よりも
言質を取られない様に、様々な条件を潜ませ、更に「一面的な数値データ」
のみを用いて、自らの施策の正しさをアピールする自画自賛ぶり。
採用すべきデータは、30年スパンでの大学入学者の推移や各大学の入学者レベル
の推移ではないか?短期的な文脈での成果を自画自賛されても、この政策の是非は
見えない、私は思うのですが。

この点は後述するとして、まず

「来年1月下旬以降に一般受験する受験生にどういう影響があるのか?」

について私見を紹介したいと思います。

東京新聞の中で以下のような見通しが紹介されている。

◆受験生ひとまず朗報
<教育情報会社「大学通信」常務の安田賢治氏の話> 入学定員の厳格化が年々進み、
私立大は当初の合格者数を抑え、定員に満たない場合は繰り上げ合格で補うようになっている。
受験生にとっては入試の難化に加え、繰り上げの可能性が残るため入学先をなかなか確定させられず、
深刻な状況が生じていた。文部科学省が定員超過時の新たなペナルティーの導入を見送ることで、
私大側が合格者数を絞る動きに歯止めがかかると見込まれ、受験生には朗報と言える。
ただ、今春並みの定員規制が残る以上、影響は限定的だろう。

影響が限定的という結論については個人的な予想と一致するが、「朗報」とは言えない
可能性もあることを、少し別の観点から考察し今後の影響を予測してみたい。

今回のポイントは、

①「3年間は罰則を実施しない」
②「100-95%では助成金4%増、94-90%では助成金2%増」

の2点。

具体例から考えてみる。

1万人規模で補助金100億なら、4%補助金増額で4億増収。
仮に110%ギリギリまで入学させた大学なら、
このインセンティブの為に10%削減する必要がある。
一万人の10%、つまり1000人分の減収が必要になる。

ということは、学費を100万とすると、10億の減収。
差し引き6億円の減収となる。
つまり2018年の定員充足率104%が、インセンティブ狙いで
更に入学者を減らすかどうかの境目ということになる。

各大学も文科省に反発するふりをしつつ、こういう計算しながら、
入学者数を決めるでしょうね。
インセンティブ狙いが厳しいところは、
世間受けを狙い、「うちは取るよ!役所の言いなりにはならない」
と宣言しながらソロバンをはじきながら入学者数を決めるでしょうね。
この3年間の減収を回収しに掛かる大学もあるかもしれません。

ただし、「3年間は罰則を実施しない」という文言から
「調査してるからな」という圧を受けている為、
大幅に入学者を増やすとも思えない。

東京新聞の記事はこの点をきちんと予測しているのではないかと思います。

しかし、この3年間で各大学の入学者は1.1倍に揃っているわけではない。
そもそも、120%まで取ってよいと言われていた時代でも、大学の質を
重視していた大学の中には、100%に近い大学も存在します。

そうした大学は、インセンティヴ狙いに転じる可能性もある。
102%しか取っていなければ、2%の学生を減らし2億損しても
4億得られるので2億プラス。

前年度の定員充足率と補助金の額から、ある程度それぞれの大学の
来年の動向を予測することは出来るのではないか?
そして見通しとしては、110%周辺の充足率の大学であれば
昨年並み、100%周辺の充足率の大学であれば昨年より更に厳しい
というのが私のザックリした見通しです。
中には金儲けだけでガッツリ3年で回収に掛かる大学もありそうですね。
ただ、上位大学は流石にそれはやらないように思います。
3年後にまた苦労することになるだけでしょうから。

私のこの予測は正確な数値を根拠にしたものではなく
あくまでザックリ分かり易くお伝えする為のものなので
本格的な予測をしてみたい方は、是非各大学のデータを用いて
予測してみて下さい。
ただ、私は単なる現場の一英語教員、一担任に過ぎないので
そんなことはしません。

さて、この「定員抑制」は正しいのかどうか?

文科省は前述のように、都市部の学生数が減り地方の学生数が増えた
などの一面的なデータで施策の正しさを自画自賛しています。

 平成26年度三大都市圏 106.22%  その他の地域 95.87%
 平成30年度三大都市圏 103.18%  その他の地域 100.81%

あくまで地方活性化の政策として実施したこと、その効果がきちんと
上がっていることをアピールするための数字の提示の仕方ですね。

しかし、この極端な方向転換により、「地方活性化」の実現とやら
がどこまで進んだのか?
まず、学生数と地方の活性化の相関関係から
調査したのでしょうか?

前にも指摘したことがありますが、そもそもリーマンショック以来
地方の学生には上京する余裕などありません。
上京してくるのは就職時です。
地方の学生数が増えたからといって地方が活性化する訳ではない。

更に、この施策が「地方活性化」であったとしても
これまでのアンバランスのツケを、何故2016年~2018年の
3年間に受験する学生だけが背負わなければならないのか?
そもそも、このアンバランスは誰が生み出したものなのか?

各大学の経営が金儲けに偏らないように、大学の質の保証という社会的意義を実現するために
長期的な施策として定員抑制をしたのなら分かります。
が、散々大学の認可をしておいて、何の都合か分かりませんが(想像は容易に出来ますが)、
急に定員を抑制し、ハードルを変え、社会的混乱を招きながら、都合のよい数値で自らの施策を自画自賛する。

これが「表現力」「新しい時代に必要な学力」を標榜する人間達のやることですか?
私は6年担当した可愛い子達が、この施策に泣かされ、次の年度に担当した素晴らしい子達が苦しみ、
この春も多くの生徒達が理不尽に泣かされたことを、絶対に忘れません。こんな文科省なら要らないと思います。

ここからは、あくまで私のOpinionでEvidenceはありません。
が、文科省のこの政策の理由について邪推かもしれませんが
ご紹介しておきます。

なぜ文科省はこの政策を実行したのか?

 天下り先の確保のために大学を作りすぎたが緊縮財政で予算を回せなくなった

これがまず前提としてあります。
その中で

 ① 助成金の配分やインセンティヴをうたいながら、全体の交付金を下げる。
 ② 経営が上手くいっている大学にも、儲けを減らさせることでアメリカ型の運用&寄付のモデルに切り換えさせる。
 ③ 当面は経営難の天下り先の経営をサポート出来る。用が済んだら潰すのかな?

早稲田大学が未公開株に投資するニュースもありましたが、私は全て繋がっているように思います。

皆さんはどのようにお考えでしょうか?

というより、こんなことしてたら本当に若者に愛想つかされますよ、この国は。
 

未来の先生展2018 発表内容(概要)のご紹介

昨日、聖心女子大学で行われた未来の先生展2018で
ESN英語教育総合研究会から発表させて頂きました。

お忙しい中、拙い発表をお聴き下さった方々、支えて下さった久保先生、高瀬先生、大久保先生、ネリーズの皆様、ボランティアの学生の皆様、本当にありがとうございました。

以下、概要ですが、内容をご紹介させて頂きます。

ミニ講演のテーマは以下の2つ。

【01】 民間4技能試験導入に現場はどう対応すべきか?
【02】 授業の「進化」を目指して(LT/CT/Ed tech活用等)

ワークショップを予定していた内容は

Income Inequality Explained: The Effects of Globalization ― Learn Liberty
(https://youtu.be/ja15pIDBEHc)

という178語の英文題材(元々は動画)を用いて、今年の未来の先生展のテーマである、リストラクチャリングをテーマに、「従来型の授業」をどう再構築し進化させるか、を参加者とともに考えるというものです。

当日初めて教室を拝見し、

ワークショップへの短時間での環境変化が難しいこと

当日の参加者数が始まってみないと分からないこと

などから、ミニ講演の後、私や高瀬先生の教育実践を先にご紹介し残り時間で、参加者それぞれに意見交換をして頂くという中途半端なワークショップ(とは言えないもの)になってしまった点が反省点です。

<ミニ講演内容>

大半が3月の講演内容と重複しますが、新たに分析や考察の結果としてご紹介したのは以下の通りです。

【01】 民間4技能試験導入に現場はどう対応すべきか?

□ GTEC Readingの課題 :広告問題に文字数が多くLiteracyの問題になっていない。
□ GTEC Listeningの課題 :選択肢を読み上げることで集団受験時に答えが分かってしまう可能性がある。

□ 2018.5.13の上智大説明会でのTEAP相関についての発信と私の相関分析の比較: 一致しているが、上智はRLとWSの相関など少し大雑把だと思うのでもう少し詳しく知りたい。
□ 2018.5.13の上智大説明会でのTEAP相関についての考察:「TEAPスコアと合否の相関はない」

上智のTEAP入試ではTEAPスコアを得点として換算しないため、国社数理で合否が決まる、ということだが、この発信が意味するものは、それだけではない。なぜなら、上智のTEAP入試の国社数理は「LT/CT/表現力」を重視した試験。ということはTEAPと「思考力・表現力」の間に相関はないことになるのではないか?
TEAPはCEFRによって設計されている。ということは、CEFRと「思考力・表現力」の間に相関がないことになる。
ブルームのタキソノミーを下地に、文科省発信の学力3要素とCEFRを重ねたモデルの発信が多いが、そこには全くエビデンスが存在しないということになる。

ブルームのLOTS(remember/understand/apply)=文科省の「知識・技能」=CEFRのA1~B1

ブルームのHOTS(analyze/evaluate) =文科省の「思考力・判断力・表現力」=CEFRのB2~C1

ブルームのHOTS(create:最上位) =文科省の「主体性・多様性・協働性」=CEFRのC2

春の研究会では、ブルームが最上位に置くcreateを文科省が「主体性・多様性・協働性」と対応させているいびつさ、気持ち悪さ、危なさを指摘しました。

今回は上智の発信から、CEFRとの対応が全く根拠のないものだと言える点を指摘させて頂きました。

□ 4技能試験導入の影響について

(プラス面)  WSも試験で問われることで、授業や生徒の学びの意識が変わる。

確かに、そういうプラス面は期待できなくもないが、マイナスの影響の方がはるかに大きいと考えられる。 なぜなら、民間4技能試験のWSには課題があまりに大きすぎることが相関分析から明らかなためだ。

(マイナス面)
SpeakingはListeningと異常な相関にあることから、相手の言うことを聞けなくてもOKのSpeaking。短期対策で十分。普段の授業で行われているOral 活動などのモチベーションに悪影響。

Writingでは論理はどうでよもいということに。GTECで80%前後の得点を貰っている答案の
LT面でのひどさを実例として紹介。(これは春にもやりましたが、より詳しくご紹介しました)

Reading面では、「Aに基づきBを設定し、Bを達成するCを実行する」=「BとCに基づくAを持つ」と解釈してしまう多くの生徒の論理思考不足を実例として紹介。(6月の授業内容なので春の発表にはなし)

4技能試験対策ではなく、LT/CTを重視した学びを目指して授業も生徒の学習も指導することが必要だという結論は春の研究会の時と変わりません。

□ 日本の英語教育の真の課題について

「日本の英語教育は中高6年、大学まで入れると10年やってものにならない酷いもの」
「日本の英語教育はフィリピン以下だ」

こういった感情的でヒステリックな発信が、エビデンスに基づかない低次元の発信であると同時にいかに子ども達に悪い影響を及ぼすのか、という個人的な問題意識を紹介しました。

資料として用いたのは、語学学校のHPで公開されている科学的調査の結果です。
(http://www.etn.co.jp/approach/period.html)

第二言語習得を専門に勉強した人たちなら当たり前に知っていることですが外国語の習得の難易度は、言語間の距離によって変わります。

アメリカ国務省のデータによると、英語が母語であるエリートに必要とされる研修時間はフランス語が480時間、日本語は2700時間。日本の中高生が6年で英語学習に費やす時間は平均1500時間前後。

別の調査では、カナダのフランス語が母語の学習者が英語を身につけるには最低2100時間必要。第二次世界大戦前のアメリカ海軍の日本語研修時間は4200時間(それで沖縄戦で聞かれる程度のカタカナ日本語)。スペイン系不法移民がなんとか仕事で使える英語を身につけるのに要する時間が6000時間(それも60%の到達者)。

留学もホームステイもしない中高生なら、英語の時間数が多い学生でも2000時間程度。   これを無理に引き上げようとすれば、中高生の日常は滅茶苦茶にされてしまう。

量が絶対的に不足している人に、「君は被害者だ。方法論が悪い」「そんなに勉強しても出来ないの?」という発信をすればどうなるか?

8年たたないと実がならない柿の木を3年で切るような乱暴な発信を、「正義」だと勘違いして感情的に発信するのはいかがなものか?(当日はここまできつく言ってませんが(笑))

目指すべきは、習得に必要とされる大量の学習時間を少しでも効率化する具体的な方法論やツールの導入を様々な学問の知見を生かして広め実行することや、外国語に触れる環境をどう整備するのかを検討し改善することでありテストの変更や従来の方法論の全否定ではないのではないか? と訴えました。

そもそも、ヒステリックな大人が多いのであれば、思考力育成なんてこの国では1000年たっても出来ません。(これも当日はここまで言ってないですが)

※ この話題は、研究会の山田先生、高瀬先生、cotobankの小泉さんとお話した時、上智大の元ゼミ友や現在留学中の緒方先生、小学生と大学生に英語を教えておられる山之内先生との意見交換がとても参考になりました。ありがとうございます。

【02】 授業の「進化」を目指して(LT/CT/Ed tech活用等)

2018.6経済産業省の提言の前提となっている仮説: Ed techにより学習の個別最適化が実現する について

Mikan(Z会)、Targetの友(旺文社)など、テクノロジーの進化は目ざましく、個人的にも「こんなものが自分の学生時代にあったらよかった」と思う。その点では、この仮説は正しいと思うが、見落としている点が2点、といのが私の個人的見解。

① 教科書・ノート・鉛筆 がタブレットに変われば子どもは勉強するのか? (そんなわけない)
② Ed techの大半が、個別最適化という設計になっている点こそが大きな弱点になる可能性がある

4技能試験の課題の本質が、4技能を別のものと仮定し、それぞれを個別に測定可能としている仮説の危うさにあるのと同様、学習の個別最適化実現が正しい方向性でも、そのためのツールが授業、授業内活動評価、発展学習と切り離されることによって、大半の生徒が取り組まなくなるというジレンマに陥る可能性が高い、いうことを、自作のHP教材、RPG教材、AI教材、ビデオ教材、Eメール添削などの限界を痛感した経験から指摘させて頂きました。

実は、AIの強みと弱点、人間の強みと弱点を理解し、AIと人間の役割分担によって教育効果を上げようとしている塾もあるようです。この発想は個人的に凄いと思います。(発表では触れる余裕がなかったです)

私が提案したのは、このブログで発信させて頂いたAIの活用法なので、ここでは省略させて頂きます。

LT/CT教育強化の実例としては、私が本年度使い始めている作文の教材のご紹介(ロジカルレーダーを用いた作文教材やLogical Fallacyをテーマにした自由英作文教材)させて頂きました。

【03】従来型授業のリストラクチャリング実践

ワークショップを予定していましたが、教室環境と時間の都合で一方的なこちらからの発信になってしまいました。楽しみにして下さっていた方々には本当に申し訳ありません。

高瀬先生とコトバンク社の音読におけるICT活用の画期的な点が「評価と活動の連動」にあることをご紹介。

私からは、読解授業で用いている、「Fact Opinion」の2分法を進化させた、「Fact / Untested claim/ Opinion / False claim」の4分法と、私の「6つの論理」という論理思考訓練をはるかに超える、野矢茂樹先生の「7つの論理」のご紹介をさせて頂きました。

Fact / Opinionの2分法の課題と限界から4分法を用いることで論理思考や批判思考の訓練を活性化出来るのではないか、という発信です。特に、Untested claim (Auburn Universityからも発信)を考えさせることで、Text内では真偽が判断出来ない文の真偽をText外に求めることを誘導出来るので、発展学習に向いているのではないかと手応えを感じています。

また、権威主義的な教科書が子ども達の思考の成長をかえって阻害しているという問題を指摘し、教科書=権威・神ではなく、教科書=出発点 という視点で教科書を作ることが必要ではないかと問題提起しました。

さらに、語彙・音声・文法の学習が4技能訓練の授業活動の中で連動していない点も改善が必要だと指摘させて頂きました。
【結論】
未来の先生展の台風のようなロゴ  = 停滞した教育界に大きな変化を
Teacher’s Laboさんの4つのピースが連結しているロゴ = 連結しないピースはいかに優れていても機能しない(Ed techの課題など)
ESN英語教育研究会の人の繋がりを用いたロゴ = 人の繋がりこそが課題解決の最大の鍵
拙い発表を最後までお聴き下さった全ての方々、ご支援、ご協力を頂いた研究会の先生方、同僚の先生方、ボランティアの学生の方々、ご支援頂いた企業の方々、全ての方々に心から感謝申し上げます。

今回のご縁をきっかけに、「繋がり」を育てていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願い致します。