英文法の学習について(研究会質疑応答より)

英文法の学習について

2018年3月29日の研究会発表の後の質疑応答で以下のような質問がありました。

「文法自体がLogicalになっていないという意見についてどう思われますか?5文型文法は良くないということもよく言われますが、その点についてどうお考えですか?」

当日は以下のように答えました。

「中1から高1・2辺りまでダラダラと文法指導をしているが中3~高1時に、理論を理解する思考力が充実してくる時期に、集中的にやるべき。」

十分なお答えでなかったのがずっと引っかかっていました。

多分、質問された方の真意を私が不勉強でその場で十分理解してお答え出来なかったこともあると思います。

この質問は以下の2つのいずれか(または両方)の点を問題にされているのだと思います。

① 文法そのものは、全て理に適ったものとは限らないし、文法を学びその通りに英語を使おうとしてしまうと、上手く英語が使えないなど 実際に英語を使う場面で役に立たない知識となっているものもあるのではないか?例えば5文型など。

② 文法を学んで知識として身に付けても、論理的に英語を理解したり話したり書いたりする能力はつかないのではないか?

いずれの場合であっても、ご指摘はその通りだと思います。

①については「文法のための文法」で、英語を使う場面ではほとんど何の意味もないような知識なら、その習得には時間を浪費すべきではないと考えます。

Reading/Listening /Speaking/Writingのあらゆる場面で必要な文法知識を優先して学ぶべきであり、「知識」として持っていても、使う場面で意味がないようなものは、文法そのものが大好きな生徒は除いて、一般の高校でも教える必要はないとも思います。

ただ、ネイティヴが意識した知として持っていなくとも知っておくことが、ネイティヴの思考を理解することに繋がるような知識もあり、それらについては学ぶことの意義を否定せずとも良いと考えます。具体的には比較におけるtheやnoの使い方などは理解しておく方が使う場面では適切に使えるのではないかということです。

また最近では、例えば不定詞の用法を文法用語で解説する従来のタイプの教材や授業から
一応そうした解説はしながらも、toのコアイメージを重視したシンプルでありながら本質的理解に繋がるような理解を目指した解説をする教材や授業も増えてきていますので、よい方向に進んでいると私自身は考えます。安易な文法軽視がこうした流れまで否定してしまうことになってはならないのではないでしょうか。

②については、質問の意図にはなかったのかもしれませんが、これも当然で、文法の学習と論理思考の学習は、少なくとも中高生の学習においては本質的にはあまり関係ないと思います。
(ただ、文法を研究されている学者ならそうとも言えないとも思いますが

蛇足になりますが、文法学習全般について以下に私見をまとめておきます。
現場の英語教員が文法をどう考えて指導しているか、単純な文法指導の肯定や否定ではなく、一つのテーマとして個人的にも理解を深めたいと思っていますのでご意見があれば是非お願い致します。

私は文法学習も文法指導も必要だと考えます。

子どもと同じように語学を学べば文法など意識しなくても英語を使えるようになる、というのは正しいと思いますが日本で英語を勉強するという環境を考えるとそのやり方では膨大な時間を浪費することになりますし、いわゆるイマージョン教育だけでは習得能率は上がらないことも最近の科学的知見では実証されている通りです。

「慣れて身に付ける」が難しく、非効率的であるのなら「理解して身に付ける」ための文法学習は否定されるべきものではないと思います。

ただ、所謂「文法問題」を解くということをゴールとしてしまうと「文法学習」が目的化してしまうため、「ルールの丸暗記」に追われてしまう学習になってしまいます。これはそれほど意味があるとは思えません。

新センターや民間試験のReading問題の良い所は文法問題そのものを出題しないことです。

入試問題でも、語法の知識を問う問題はまだまだ多いですが、文法に関する知識を問う問題の出題は難関大ほど減っていますしこれは良い傾向だと思います。

文法問題を解くための「知識丸暗記」の文法学習ではなく、「ハートで学ぶ英文法」のように
ネイティヴの思考を身に付けるための「理解」の為の文法学習を、短期集中的にしっかりやるべきだと思います。

また「5文型」を中心とした文法というよりは「構文分析アプローチ」という方法論についても一言(長いですね…すみません)。

駿台予備校の伊藤和夫さんなんかが代表的存在と言えるのでしょうか?
「英文解釈教室」は私も学生時代読みましたし、英語を構造から理解する方法論としては、素晴らしい名著だと今でも思っています。ただ、こうした方法論には「限界」がつきものです。

最大の欠点は、「漢文読解のように英語を読む癖」がついてしまうことです。
これは大きな欠陥であり、弊害も大きいと思います。伊藤先生ご自身も、「最終的には無意識化に置くべき知」と認識しておられたと思うのですが、万能ツールのように考える人は昔は多かったですね。当時は哲学などで「構造主義」が流行っていたからなのかもしれません。

ただ今でも、そこまで難解な理論でなくても、「構文分析的なアプローチ」は「和訳」の出題が多い国公立大の個別試験では今後も必要とされ予備校のみならず、高校の授業でも一部行われていくのかもしれません。その学習に偏った学生にとっては弊害も無視できないですね。

では、「和訳」が悪なのか?というとそうとも言い切れないと私は思います。

要は英文を直読直解する時と日本語に変換する時では別の読み方をすればよいのかなと思っています。

また、母語と外国語の両方のレベルをアカデミックなレベルで高める必要がある学習者には
和訳の出題もありかなとも思います。日本語と英語の違いを、構造的なアプローチが学習者に認識させる大きな役割を果たす可能性があるからです。

ただ、最近は、「所謂、構造分析力そのものを問う問題」も難関大ほど減っているように思います(特に京大・阪大以外)。

東大の4-Bでは例年和訳が出題されますが最近では「構造の理解」よりも「意味・文脈」
を重視する流れに変わってきています。

下線部の構造分析さえ出来れば出来る問題ではなく全体を英語であろうが日本語であろうが深く読めていないと解けない問題になってきているので、こういう出題であれば「構文偏重」ではなく、「読解力育成」の方に指導も行かざるを得ないし、英語の精読学習も促進されるので
よいのではないかと考えています。

きちんとしたお答えになっているかどうか分かりませんがこの場で改めて発信させて頂きました。

ご質問頂いた先生、本当にありがとうございました。出来れば直接お話し出来れば、もっと的確にお答え出来たのかもしれません。是非、その機会があることを願っています。私自身の勉強になる知見をお持ちの先生だと感じました。ご指導よろしくお願い致します。

 

 

 

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2018.3.29 ESN 東京第6回春期英語教育セミナー発表概要

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終わった瞬間、身体がドッと重くなりました。
自分では必ずしもベストな発表をやり遂げたという充実感はなかったのですが少なくとも今自分の中にあるものは全て出しきったからなのかも知れません。

今回のセミナーで私が一番訴えたかったのは、それぞれの立場からポジショントークするのではなく、あるいは自分と違う考えの人間をそう批判するのではなく、日本の未来を担ってくれる若者たちのために一致団結して頑張りましょう、という単純なことです。

多くの方々から、是非プレゼンの資料が欲しいという有難いお言葉を頂きました。ただ、学校内のデータということもあり、お土産としてお持ちいただいた資料以外の提供は差し控えさせていただきたいと思います。申し訳ありません。

その代わりという訳ではありませんが、以下発表の概要をまとめさせて頂きます。
何かのお役にたてば幸いです。

また、プレゼンに先立ち、司会の木幡教諭からご紹介頂いた「1000 TEXTBOOKS PROJECT」
に大きなご理解とご協力を頂けたことをこの場を借りてお礼申し上げます。
皆様の暖かいお気持ちが伝わってきて、募金箱を見た時に涙が出そうになるほど嬉しかったです。

そのご協力の呼びかけも含め、これだけ多くの人の輪を作って下さった代表の久保先生、会場校としていつもご協力を頂いている十文字中高の橋本先生と多くの先生方、今回は裏方として最も面倒なお仕事を全て引き受けて下さった高瀬先生、会場の準備から会の運営協力までご協力頂いた企業の皆様、素晴らしいプレゼンで会を盛り上げて下さった日野田先生、長井社長、急なお願いにも関わらず快く司会を引き受けて下さった木幡先生、そしてお忙しい中お集まり頂いた多くの皆様と仲間たちに心より感謝申し上げます。
本当にありがとうございました!

また現場に戻って、ワクワクしながら進化したいと思っています。

皆様に再びお会い出来る日を楽しみにしております。

中高英語指導の現状と今後の課題 ――― LT/CT教育の必要性 (約80分)

【2015年基調講演と共通する大前提】
生徒は生身の人間。「スマホやゲームより英語が好き」と いう生徒を育てることが理想だが、大半はそうではないし それがある意味健全。多くの教科の中の1つとして英語があるという点を考えると、中高生の家庭学習時間は50分が限度。過度な英語教育で成長時期にある中高生のバランスを崩してはいけない。(自分の過去の指導の反省も込めて)

【発表内容(項目)】
【00】民間4技能試験導入をめぐる報道など
【01】民間4技能試験と従来型試験の相関関係と問題分析
【02】多様化し続ける入試と生徒の現状
【03】LT/CT教育(思考力・表現力指導)の必要性

【発表内容の概要】★は私の意見です。◆は書籍などの資料です。

【00】民間4技能試験導入をめぐる報道など

□ 2月末まで:英語試験の民営化=善 大学=悪:抵抗勢力
□ 3月中旬 :東大の発表「民間試験のスコアは利用せず」
⇒ 各紙慎重論が出始める。⇒ 3/26 民間試験採用の報道
★ 事前対応<事後対応 の日本人の欠点。
問題提起・議論をやる前に尽くし、入試改革をすべき。現状維持はもちろんまずい が、変えればよいという強引な変化は何より生徒にとって大きなマイナス。

◆ 「史上最悪の英語政策」(阿部公彦著 ひつじ書房)
★ TOEICの目的が「米国の労働者の語学力の選別」であること、「民間試験」の導入が業者利益に偏った決定であることなど、今回の「英語改革」の舞台裏を資料をベースに批判した点は勉強になるし、適切な問題点指摘だと考える。が、Speaking試験導入の是非や現状の入試の課題について、個人的には説得力を感じること が出来なかったし、民間試験や入試問題そのものに切り込んだ分析が少ない点が不満。

◆ 「2018.3.4 AERA記事:南風原教授と安河内先生の討論」
★ 全くかみ合わない議論。ここでも具体的に試験問題をベースにお二方が具体的なものを共有して議論出来ていないので、個人的には不毛な議論と感じた。

◆ 「英語教育の危機」(鳥飼玖美子著 ちくま新書)
★ 幅広い英語教育の方法論から、今回の「民間試験導入」に反対の立場をとった本。カリスマ的存在の言葉だけに勉強になるが、4技能試験の実体に切り込んでいない点が個人的には不満。

◆ 「ほんとうに頭がよくなる世界最高の子ども英語」
(斉藤淳著 ダイヤモンド社)
★ 否定・肯定を超えて、「英語学習はどうあるべきか?」を多くの科学的知見を用いて子どもの成長課程ごとに方法論を紹介してくれる良書。個人的にはとても勉強になりヒントを得て授業改善に取り組んでいる。が、民間試験についてはそれほど分析はない。

□ 2020年は思考力重視の改革では?
□ 民間試験の実体についての分析があまりにも不足では?

⇒ 今回の発表の「問題意識」=「出発点」

【01】民間4技能試験と従来型試験の相関関係と問題分析

① GTEC(RLW)/TEAP(RLWS)と従来型試験の相関関係(相関係数利用)

□ 難易度  : TOEFL/難関入試>TEAP>GMARCH>現センター>GTEC
□ LT/CT要素 : TOEFL/難関大入試 > 新センター > 現センター > TEAP > GTEC
★ 民間試験導入で生徒の英語力は間違いなく落ちる。
★ TEAP/GTECでは思考力を問う問題が従来型より少ない(TEAPはグラフ問題に大きな問題点あり)

□ 相関関係 (当日は相関係数と分布図で分析)
○GTEC難易度 : 高3の春段階でセンター平均点とほぼ同じ。RLWの平均はほぼ70%。
○GTEC R相関 : ベネッセ記述模試>センター>駿台全国模試>定期試験(いずれも高い)
○GTEC L相関 : センター試験Listeningとの相関が高い
○GTEC R/L/W : RとLは高い相関。RとW/RとLは低い相関。
×GTEC W相関 : 相関そのものが弱い/70%到達は中学段階で可能/他の試験の成績と関係なく横一線に分布。GTECのR/Lのスコアとの相関も低い。Wは「別の英語力」という位置づけでよいのか?誤差が大きく高3時より高1時がベストという生徒が多く見られる点が最大の課題。

★ Reading/Listeningは、コスト・思考力・難易度のどの点を考えても、新センターの方が遥に上。
★ Writing試験は分布の偏り、誤差の大きさから導入は避けるべき。、
★ Writing試験では答案の論理が採点出来ていない(後半で実例を用いて指摘)。

○TEAP難易度 : RL(難)>SW(易): TEAPのRLはGMARCHレベルかやや高い。
○TEAP R相関 : TEAP Reading > ベネッセ模試 >  定期試験 (いずれもそれなりに高い)
○TEAP L相関 : TEAP Listeningとそれなりに高い。
○TEAP W相関 : ベネッセ模試・定期試験との相関係数はGTEC同様低いが、分布は正常。
○TEAP S相関 : GTEC Writing / ベネッセ模試 /定期試験 いずれとの相関も低く、分布が異常。
○TEAP R/L/S/W: S×L (相関係数は高いが分布が異常でListening40%程度でもSpeaking90%という例も珍しくない)S×R (相関係数は高くはなく、分布異常。Reading30%台と70%台のスコアが変わらない例も多い)S×W (相関係数は高くはなく、分布異常。Writingの成績に関係なく60~80にスコアが集中)

★ Reading/Listeningはセンター受験層には高すぎる難易度。
★ Writingは相関そのものは高くないが、分布図を見れば点数がばらけており科学的信頼度は高い試験と判断。ただ、これはSummaryに特化しているためで、「発信型学力重視」がコンセプトなら全く別物の試験。
★ Speakingは高2秋段階で65%(最低点でも50%弱)に到達出来、一部難関大難関学部を除けば短期対策で十分到達可能な試験。「オンライン英会話」「授業内のOral活動」など現場は発信力強化への取り組みを行っているが、コスパを考えた安易な対策が横行すれば、むしろ現場のSpeaking教育にマイナスの効果をもたらしかねない。

★ 民間導入は決定事項。本来ならこうした分析を基に改善を求めた上での採用が望ましかったはずだが手遅れ。生徒のために、民間試験業者には、是非「利益を度外視した」改善を望みたい。それが不可能なら、各大学が実体をしっかりと把握した上で、各検定試験の目的と合致する一部入試に限定した利用が望ましいと考える。
② 4技能を各スキルごとではなく統合した試験の提案

★ Writingについては、現状の入試英語(東大・一橋大・慶應大経済など)の方が課題はあるがコンセプトは民間より上。
★ Opinion Writing / Summaryに特化せず、多様なスキルを問う問題にすべき。
★ Speakingについては、1つのスキルとして切り離すべきではない。
★ 4技能を統合した試験を行うべき。
(具体例①) 講義の内容を聞く ⇒ Listening Test ⇒ 関連文書を読む ⇒ Reading Test    ⇒ Summary / グラフ分析 / Opinion Writing など ⇒ それを基に英語面接やディスカッション
※ センター実施は無理なので、少人数に絞れた段階でこうした試験を各大学が実施すればよいのでは?
(具体例②) 旅行プランに関する文書を読む ⇒ 選んだ理由をWriting ⇒ 選んだプランでプレゼン※ 当日はご紹介出来ませんでした。立教の観光などでやれば面白いのでは?
具体例①のようなやり方はアカデミック学力重視の学校がやればよいし、具体例②のような
やり方は各大学で多様なアイデアを出せば、大学の多様性を実現出来ると思います。
★ 入試Writingの大きな課題
× 解答やコンセプトについての発信が全くない無責任な姿勢。
× 誤差の大きい問題であることはある程度避けられないが、誤差を小さくするための検証・改善を求めたい。
× 誤差が避けられなくても、4技能統合型試験を行えば、総合的に学生の能力を判断出来るのでは。

③ 民間試験導入の悪影響

□ 地域格差:鹿児島在住ならTEAPやIELSは福岡まで受験しに行く必要がある。明らかな問題なので直ちに改善を!
□ 入試における不公正の拡大
複数の選抜方式の中で、TEAPや英検採用試験の方が母集団が低い傾向が強い。
定員抑制+複数方式の影響で特に早稲田大学では1年ごとに全くハードルの高さが変わる入試。
★ 定員抑制は大学の決定ではなく行政の問題だが、そもそも定員は教育条件であり、これまで取り過ぎていた大学の経営方針も問題。民間試験導入を、「公平性の問題」として批判する大学がどの口でこういう不公平を被害者面してやっているのか?
□ 短期対策型の学習従来型入試よりもやりやすくなるため、現場の英語教育はかなり安易なものにシフトしかねない。
□ 民間試験導入で文法独立型問題などは減り、読解問題が増加すれば歓迎だが、思考力型問題が増えなければ学力の質的変換では済まなくなり、確実に学力低下する。
★ 入試英語はHOTS(Higher Order Thinking Skills)の方向性で変わらなければならない。

【02】多様化し続ける入試と生徒の現状

① 2020年教育改革について
【参考資料】
□「2020年の入試問題」(石川一郎著 講談社現代新書)
□ PISAランキング推移
□ 公益財団法人 日本生産性本部 生産性総合研究センター資料
□ 「不死身の特攻兵」(鴻上尚史著 講談社現代新書)
□ 「新・生産性立国論」(デービッド・アトキンソン著 東洋経済新聞社)
□ 新センター試験サンプル問題(国語)とベネッセ・産経新聞記事
□ 「大人のための国語ゼミ」(野矢茂樹著 山川出版社)
□ 「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」(新井紀子著 東洋経済新聞社)
□ 某塾の発信:教育改革=産業界からの養成について

★ 経済の発展・衰退を教育に過度に結びつけて捉える「一億総懺悔」のメンタリティーが大問題。
★ 労働者の質は世界4位。教育のレベルも世界トップレベル。「生産性の低さ」は無能な経営者・産業界では?
※ 人口増加の追い風を受けるアメリカの教育をお手本とするのが本当に良いのか?世界中で戦争しまくっている
国と教育の相関すら問題にならない点が不思議(当日は時間がなくてこのコメントはしませんでした)。
★ 英語だけでなく、「国語記述問題(サンプル)」は酷過ぎる。それを解きもせずに褒め称える劣化したマスコミ。
★ 真の記述力とは?「大人のための国語ゼミ」は英語の教材としてもお手本になる良書。
★ CEFR/ブルーム/学力の3要素を縦に並べた「物真似」が、「真似」を否定する愚。

② 多様化してきた入試英語
□ センター入試:1991年グラフ問題⇒1992年文整序問題⇒1998年文空所補充問題(TOEFL IBTより早い)
□ AIが得意なセンター世界史とは対照的に、センター読解はAIが解けない思考力問題(AIに出来ない仕事スキル)
□ 東大・早大・慶大・上智大など難関大ではLT要素を入れた読解問題を早期から導入している。
□ GTECのReadingは情報処理系が中心。LTはともかく、CTはほとんどない。
□ TEAPのReadingはGTECよりはLT/CTを入れているが、グラフリテラシー問題は作問コンセプトがおかしい。
□ TOEFL Readingは14問中5問がLT/CT問題。ただSummary完成などは早大(法・国教・スポ)の方が早くから導入。
□ TOEFLは良質な検定試験だが、目的が限定的なのと難易度が高いため採用妥当校は限られる。
★ TOEFLを超える試験を開発し、海外に輸出出来るHOTSレベルの試験を目指すべき。日本人の教育をアウトソースすべきではない。
③ 生徒の現状から出発した教育改善を
□ 生徒たちが、「何が」「何故」出来ないのか?どうすれば出来るようになるのかを、生徒を見てまず考えるべき。
□ 現在の生徒の弱点: 1)Logical Thinking Skill  2)記述力 (Super English Seminarのデータを基に)
□ Logical Thinking Skillのスコアと従来模試の相関は低い ⇒ 入試と模試の相関もその分野は低くなる。
□ Logical Thinking Skillが高い学生ほど、難関国公立大・早慶実学系・国立医学部レベルに進学している。
□ 記述力では特に「要約」が苦手な生徒が多い。(上位者ですら点数が安定しない)
★ 英語ではこの2つの弱点はWritingで最も深刻な形で露呈してしまう。

GTECで比較的高得点(70%以上)を貰っている生徒たちの添削後の英文の問題点を実例を用いて考察

★ Opinionの根拠にFactを使えない。根拠として個人的経験を用いる例、Opinionを言いっぱなしにする例が多すぎる。
⇒ 特異な個人経験を強調するCM/教科書の英文/入試長文の英文/政治家やマスコミの発信と驚くほど似ている。
⇒ Logical な能力が不足している生徒が多いのは、「大人」がLogicalな能力を欠いているからではないか?

★ 「具体」と「抽象」を上手く使って構成出来ない例
⇒ 個人的な経験=具体だけを大人が子どもに押し付けてはいないか?

★ 上から目線で子どもに要求するだけでなく、大人も一緒にHOTSを目指して進化しましょう!

【03】LT/CT教育(思考力・表現力指導)の必要性

□ CTとは何か? (2002年 上智短大 岩崎明子氏の文章 「研究ノート」)
□ CT=民主主義社会における市民教育の充実のために不可欠。
★ 今の日本は危ない
× Red HerringやStraw Manなど使ってはいけない「論理の誤謬」を用いた発信
× 嘘グラフによる情報操作
□ Washington Postの記事:Googleで成功するために必要なsoft skillの1つ= Critical Thinker / Problem Solver

★ 「官か民か?」「国内か国外か?」「学校か業者か?」ではなく、All Japanで「思考力養成」を実現しましょう!

【CM】 □ 教育開発出版 English Discover /  Z会 New Treasure 1~5

大学入試センター発表 平成29年度試行調査問題(英語)の分析

現行のセンター試験に代わる英語のサンプル問題が公表されたので
リスニングと読解問題を解いてみました。

3/29の研究会の発表では、この問題についての分析は触れないので
ここにまとめておきたいと思います。

私は大学入試センターという団体を肯定的には見ていませんが(笑)
民間の英語試験のReading / Listeningよりもはるかに良質な問題だと
判断します。

移行期間限定ではもったいないので、是非民間試験導入ではなく
Reading / Listeningはセンター試験で実施してもらうことを望みます。

□ Listening Version A (Version BはA(20問)+10問)

<概要>

2018年1月実施のセンター試験リスニングは難化したが、そのベクトルで問題を難しくしようという意図はないと感じた。
あくまで、「知識 < 考える力」を意識し工夫した問題が目立つ。難易度は決して高くないが、センター試験のリスニング問題としては、従来のものよりは更に良くなったと個人的には感じる。
GTECのリスニングでは、選択肢英文を読み上げるため、大会場では、他の受験生が鉛筆を持ったりマークしたりする気配や音で「集団カンニング」に近いことが起きてしまう(個人で何回か指摘したが改善されてない)が今回の問題ではそういう素人的な穴も見当たらない。
導入候補となっている多くの民間検定試験より、今回の問題の方が難易度も質も備えた問題で、はるかに良問であるというのが解いた後の私の印象である。

<設問別分析>
【第1問】
A(3問) 放送される英語と近い意味の英文を選択する問題。
⇒ 文法的な知識や音の聞き分けではなく、状況を把握する能力を試す問題。

B(2問) 放送される英語の内容を表した絵を選択する問題。
⇒ 基本的な文法知識がないと文意を正確に取れないので知識を聞いている問題。

【第2問】3問:放送される対話の内容を表す絵や地図内の場所を選択する問題。
⇒ description(描写)表現や位置関係表現が基本的な英語が分かっていれば基本的な問題。

【第3問】 3問:対話を聞いて内容に関する質問に答える問題。
⇒ 対話の内容が分かれば、そのまま答えられる問題ばかり。「聞こえた英語」をそのまま答えるレベルの学生でなければ、理解出来る程度の問題。

【第4問】 1問:4名の英語を聞き、「経験・英語力・スケジュール」の3つの条件を満たす人を選ぶ問題。
⇒ 「思考力問題」としては基礎レベルだが、これまでのセンター試験にはないタイプの問題。情報の整理に表を使わせるのはLogical 系問題としては定番だが良問だと思う。

【第5問】 4問:環境問題をテーマにした問題「服とゴミ・エネルギーの関係」
⇒ ワークシートを完成させ講義のSummaryを作成させる問題は東京外大と同一形式(レベルは外大より易)知識があれば英語を聞かなくても完成出来なくないが、逆に常識レベルの知識がなければ何を言っているのか分からない生徒もいるかもしれない。また、講義の内容では直接触れられていない話者の主張をinferして答えさせる問題、グラフと内容の一致を問う思考力系問題も1問ある。

【第6問】
A(2問):修学旅行についての2人の大学生の対話。
⇒ 2問ともWhat is the man’s(woman’s) main point? 式の概略を問う問題であるが、実際には各選択肢の内容が話と矛盾しないかどうかを消去法で解くタイプの問題。情報処理系の問題。

B(2問):「炭水化物を積極的に摂取するかどうか」をテーマにした問題
⇒ 「すべて選びなさい」という形式の問題。「新しい試み」と最近よく話題になるが、早稲田・教育の入試英語では1980年代からこうした形式はあった。一歩間違うと悪問になりかねない形式だが、今回の出題は見事。
⇒ 1問目は「それぞれの話者の発言内容が、炭水化物積極摂取に賛成か反対か」を焦点に聞かせる問題。2問目は話者の話している内容が「グラフ」と合うかどうかを聞く問題。不正解の3つが簡単に見分けられるのでグラフ問題としてはもう少し工夫が欲しいところ。

□ 読解問題

<概要>

テーマパークやぐるナビに似たサイト情報が題材になっていることが目新しさを感じさせることは確かである。
海外滞在中に必要なReading力が「アカデミックな英文」ではなく「標識」「説明書」「薬などの服用における注意」「観光地やレストランに関するガイドブックやネットの情報」であることを考えると、2020年の教育改革のテーマになっている「日常から出発する学び(日常が終点ではない)」に合う問題だと思われる。(あくまで私的解釈である)
ただ、解答に必要な能力を分析してみると、「スキャニング能力+消去法を用いることが出来る読解力」である点がそれほど変わっていない問題も多い。全てを思考力型にする必要もないのでバランスが肝心だが、概ね良いバランスであるように思う。
他でも発信があるので詳細は省くが、音声問題、文法問題、整序問題などは消えた。
これも方向性としては正しいコンセプトだと私は考える。
ただ、知識系の問題にしか対応出来ない生徒が具体的な学習内容を見失う影響は心配される材料。単語テストや文法・構文のミニテストを日常レベルの学習で課している学校も多いだろうが、重箱の隅を突く問題を聞くような教育が減るのは歓迎だろうが、「試験に出ない」という理由で勉強しなくなる子へのケアーが必要になる。
また深い知識がなくても表面的な情報処理で対応出来る問題が多い。思考力系問題にチャレンジしているのは素晴らしいし、民間試験の多くをはるかに超える良問だと私は感じるが、得てしてこの手の問題になると生徒の日々の地道な努力より元々の生徒地頭や読解力が大きく点数を左右することが多い。
この点についても、現場の教育が「試験対策」ではなく「思考力とともに知識の重要性」をどこまで強調出来るかが課題になると感じた。

<設問別分析>
【第1問】
A:2問 海外の遊園地のWebページを情報源にした情報処理系の問題
⇒ 解答に必要な本文該当箇所をスキャニングし消去法で処理出来る問題。従来型センター試験では表や図に根拠がある問題が多かったが、2問とも英文情報がスキャニング対象となっている。

B:3問 大学のポスターを情報源にした情報処理系の問題
⇒ ポスター内の情報を統合して内容を確認させる問題の出題も1問あるが、従来型センター試験と同様に情報処理能力を見る問題が2問。

【第2問】
A:4問 ぐるナビのようなサイトの情報を題材にした読解問題
⇒ それぞれの料理店についてのコメントと合うものをスキャニングし消去すれば確実に正解できる問題が2問。複数あるコメントを総括するとどう言えるかを問う思考力型問題(超易)が1問。Fact か Opinionかを問う問題で複数解答方式だが、狙いは思考力問題として非常に良い。しかし、正解を見ると、こうした出題では細心の注意が必要であることを改めて感じさせられる。

 

1  Annie’s Kitchen offers dishes from many countries.       manyよりopinion
2  Johnny’s Hutt is less crowded than Shiro’s Ramen.   dataがないので判断出来ない
3  Johnny’s Hutt serves some fish dishes.    書き込みよりfactと判断出来る
4  The chef at Johnny’s Hutt is good at his job.   goodよりopinion
5  The chef ’s meal-of-the-day is the best at Annie’s Kitchen. the bestよりopinion
6  The menu at Annie’s Kitchen is wonderful.    wonderfulよりopinion

これで正解が1,3となっている。そもそも、Fact/Opinionの判別問題であるにも関わらず、論拠を書き込み(opinion)にしている点も作問として問題である。1をFactとする根拠を The menu is 13 wonderful pages long with food from around the world.に求められる、とするのは無理がある。ただ、検定試験には見られないこうした出題形式は狙いは非常によいので、慎重に作問をして貰えれば良問になるはずの問題である。

B:5問 ディベートの準備をする学生の立場に立ってボランティアについての記事を読ませる問題
⇒ 5問とも単純な情報処理ではなく、本文に書かれていることを基に考えさせる工夫が見られる問題。アンケート結果から質問を考える問題が1問、賛成反対の立場の生徒が活用出来る箇所を答えさせる問題が各1問。本文の内容を確認する問題でありながら、きちんと抽象表現が読めていないと具体が見えない問題が1問。筆者のスタンスを聞く問題(Critical Thinkingレベル)が1問。難問はないが、思考力をきちんと問う良問。

【第3問】

A:2問 題材はブログ。ただ、従来のセンター試験と大きく変わる問題ではない。
⇒ 場所情報、内容一致不一致をスキャニングと消去法で処理させる情報処理系の問題。

B:3問  セールスマンによる新聞の投稿記事。「機械が人間の労働を奪う」という最近よく見られるトピック
⇒ Time/Space Orderに関するLogical Thinkingレベルの問題が1問。内容一致不一致に関する情報処理系の問題が2問。

【第4問】5問: ボランティア活動についてのグラフと2人のレポートが題材。
⇒ 内容に関する情報処理系問題が4問。タイトルから2人のボランティア普及活動に役立つ記事を推測させる問題(Critical Thinkingレベル)が1問。バランス的には情報処理系が多いので、もう少し思考力型問題が欲しい。

【第5問】
A:3問 折り紙についてアメリカ人学生が書いた英文を編集者の立場として読む設定の読解問題。
⇒ 全体の要旨を問う問題が1問、筆者のintentionを聞くCritical Thinkingレベルの問題が1問、従来のセンターやTOEFLiBTで見られる文章の空所補充(Logical Thinkingレベルの問題)が1問。バランスも題材も素晴らしい。

B:6問 黒胡椒、白胡椒の違いと効能について(アウトラインの完成)
⇒ Outline / Compare & Contrast作成/ 要点まとめ というLogical & Critical Readingをさせる問題。難易度は高くないが、日頃からReading Strategyを意識した読解の学習をしていない学生には厳しいかもしれない。Reading PowerやNew Treasure のような教材で学んでいれば、容易に対応出来るはず。複数解答の問題が2問あるが、きちんと読めば迷うことはないと思われる。

【第6問】5問:物語作品のReviewを書く設定で物語文を読ませ、アウトライン、登場人物、自分の意見などを完成させる問題。
⇒ Outlineの空所補充が2問、登場人物の気持ちを選択させる問題が1問、意見を完成させる問題が1問、どんな人にお勧めかを判断させる問題(Critial Thinkingレベル)が1問。

定員厳格化による入学者抑制の影響

定員厳格化による入学者抑制の影響

2018年3月29日の発表が近くなってきました。
何度やっても緊張するものですが、
新しい人たちとの出会いも含め
今の自分が変わっていくことにワクワク
する気持ちも強いです。

今回の発表では、

① 民間試験と従来型試験の相関関係
② 入試英語と生徒の現状
③ LT/CT教育の必要性

の3つをテーマにお話しするので
2015年の時に触れた、直近の入試分析については
ほとんど触れる予定がありません。

ということで、今年の入試状況分析をブログで
ご紹介させて頂きます。
あくまで私個人の分析ですので、Factをベースに
したつもりですが、Opinionもかなり含まれるものとして
それぞれ Critical にお考えの上、お読みいただければ幸いです。

今年の入試についての分析はまだこれから続々と出ると思いますが
一昨年(2016年の入試)から始まった定員厳格化=入学者抑制=合格者数激減
の影響について、あまりご存知ない方は以下のサイトなどをご覧下さい。

http://between.shinken-ad.co.jp/hu/2017/07/nyushikekka.html

今回の投稿では、こうした一般の分析では見えにくいところを中心にお話しさせて頂きます。

厳格化

(毎日新聞記事より)

上の表から分かるように、2018年の入試は2016年から始まった定員厳格化の影響で、かつてないほど厳しくなった。先ほど紹介したベネッセのサイトは昨年の結果であるが、分かり易いのでグラフをご紹介しておく。

厳格化3

厳格化2

厳格化4

上記の3つのグラフから分かることは、ベネッセの分析通り以下の2点である。

① 首都圏の大学が合格者を段階的に絞り込んでいること。               ② センター入試よりも一般入試で絞込みを行っていること。

しかし、実はこれだけでは以下の早稲田大学などの合格者数変動という事象の説明がつかない。

2016年入試(117%上限)では大きく合格者数を減らした高校が目立つのに2017年入試(114%上限)では合格者数を回復した高校が多い。

この謎は以下のデータを見れば解ける。

KO

早稲田

厳格化5

(補欠合格を除く早大(文・文化構想)倍率)

ここから読み取れることは以下の4点である。

①早慶ともに偏差値の高い実学系学部では入学者を絞っていない(元々多く入れていない)             ②定員抑制が人文系学部に集中して行われているため、見た目以上に厳しい入試となった。     ③2017年の早大入試ではTEAP入試が早大入試史上例を見ないほどぬるい入試であった。     ④2018年の早大入試ではTEAP入試がセンター1科目利用受験並みの倍率に上昇し難化した。

今後は早稲田大などはAOや推薦枠を増やすことを検討しており、一般入試では更なる激戦が予想される。(4割から6割を推薦・AOへ?)

http://news.livedoor.com/article/detail/10913922/

こうした大学の方針転換を、早大は「東大落ちではなく、早大への入学志望が高い生徒を取りたい」と説明しているが、これは本当だろうか?もちろん、「そう思う」というのは事実なのだろう。しかし、ご紹介したグラフを見れば、センター試験で抑制を行っていないことが明らかな訳で、「早大志望が強い生徒優遇」ではないと言える。

私立大学が真摯に人材育成を考え、独自の教育や研究を行いたいのであれば、どの大学の説明会も全く同じ「グローバル×キャリア×英語」という発信にはならないはずである。

大学も辛いことは分かる。お上は札束で言うことを聞かせようとしているのだから。こんな品のない教育行政には反吐が出る。文科省などない方がよいとさえ思えてくる。

しかし、だからと言ってやられっぱなしでは困る。                      こうした行政の気まぐれ政策の影響を最も強く受けるのは学生なのだ。            生まれた年が1、2年違うだけで全く異なるハードルを課されるのではたまったものではない。もちろん、いつの時代にも順風、逆風はある。しかし、今回の文科省の政策による影響はこれまでとは異質で異次元のものである。2020年の教育改革とやらも、恐らく大きな痛みを子ども達に強いることになるだろうが、子ども達が生身の人間であることを忘れてはならない!

 

 

 

 

 

 

 

 

平成29年度試行調査問題、国語記述問題について

前回、本ブログでも取り上げたサンプル問題と比較すると
今回の記述問題の課題文は高校生の日常から離れたものではなく
その点では改善されたと言える。
(前回は街の景観問題・駐車場契約などが題材)

http://www.dnc.ac.jp/albums/abm.php?f=abm00011239.pdf&n=5-01_%E5%95%8F%E9%A1%8C%E5%86%8A%E5%AD%90_%E5%9B%BD%E8%AA%9E.pdf

ただ、問題を実際に解いてみると記述問題として思考力・表現力を
測定するに足るものとは到底思えないし、それ以前に問題として最低限
必要な質を確保しているとも言いがたい、というのが私の印象である。

以下、僭越ではあるが分析してみたい。

【問1】
当該年度に部を新設するために必要な、申請時の条件と手続き を50字以内で答えさせる問題

解法としては冒頭の「青原高等学校 生徒会部活動規約」が解答の材料となる。

この規約にある文言を可能な限り抜き出すと

同好会として3年以上活動し、当該年度の4月第2週までに、所定の様式に必要事項を記 入し、生徒会部活動委員会に提出すること。(60字)

となってしまう。制限字数を10字オーバーする訳である。

模範解答は
同好会として3年以上活動した上で、4月第2週までに所定の様式で生徒会部活動委員会に申請すること。(48字)

となっている。模範解答を分析すると、抜き出しからどのように字数を減らしているかが分かる。

1)活動し     → 活動した上で (+3字)
2)所定の様式に必要事項を記入し  → 所定の様式で (-8字)
3)当該年度の   → カット  (-5字)
4)提出       → 申請  (±0字)
5)読点    → 2箇所カット  (-2字)

東京大学英語の要約問題では、本文を抜き出してそのまま日本語にまとめると制限字数を遥かに超える。
よって、「言葉の圧縮力」が必要となり、そこに「表現力」を試す要素があるのだが、
上記の5点の言葉の「削除」に、個人的には何の「思考力」も感じられない。
特に5)の読点を省略するというのも、「それアリ?」と感じてしまう。

そもそも、「表現力」とうたいながら、解答者が行うのは基本、「抜き出し」に過ぎない。
これが「記述力」と言えるのか、大いに疑問である。

【問3】 空欄(イ)について、ここで森さんは何と述べたと考えられるか、次の(1)~(4)を
満たすように書け。

こちらの問題は、問題として成立していないように思えるが、どうだろうか?

簡単に問題までの流れをまとめると、「部活動の終了時間延長」についての提案をテーマに

生徒1 賛成。個人的にも作品展の前は時間が不足するから。
生徒2 賛成。いつもライバル校にあと一歩で勝てないから。
生徒3 賛成。個人的な思いだけでは提案出来ない。資料はないか?
生徒4 資料②を提示(市内5校の部活動終了時間のまとめ)
生徒5 資料③を提示(新聞部の昨年度の記事)
生徒3 では、資料②と資料③を基に提案を呼びかける。
生徒5 ちょっと待って下さい。提案の方向性はいいと思うのですが、課題もあると思います。(空所イ)
生徒3 なるほど、そう判断される可能性がありますね。では、どう提案するか皆で考えましょう。

問題の詳細はリンク先の問題で確認していただくとして、流れとしては

生徒1.2の個人的Opinion → 生徒3がFactが提案に必要と提案 → 生徒4・5から資料提供

ここまでは自然な流れ。その後、「生徒3が資料②③を基に提案を呼びかけましょう」とまとめるがここで予想されるのは、資料②③をFactとして使いながら、具体的な提案を練っていく流れだが、生徒5はなぜ、「ちょっと待って下さい」と言ったのかが謎である。

恐らく出題者は、「生徒が有利になるはずの資料③の中に、下校時安全確保が延長を認めない根拠だとする教員の意見があり、有利なことばかりではないから、それをどうするか検討しよう」という呼びかけとして発言を作成したのだと思うが、生徒3がFactが根拠であることの必要性を解き、具体的資料が2名から出された後なので、全員がFactを重視して議論するのが自然な流れである。

それを、資料を提供した自分自身が、その流れを断絶し、口を挟むのはどうなのだろう?

そもそも、資料③には突っ込みどころ満載である。

複数回答可とした、「青原高校に求めるもの」の%を全て足すと100%になる。
これ、本当にちゃんとしたアンケートなの?と疑いたくなる。
また、「部活動充実」を求めるとした52.5%(複数回答可なのでMax値)のうち
71.6%が「終了時間の延長」を求めているということは、全校生徒の中で「終了時間延長
を求めている生徒」の割合は37.53%となる。この数値は、「終了時間の延長を求めない
生徒(現状維持・時間短縮を求める生徒)」が相当存在することを必ずしも表してはいないが
過半数には遠く及ばない数値である以上、説得力に欠けるデータと見られる危険性がある。

そう考えて解答を作ろうとしても、出題者の課す条件から、出題者自身が資料の読み取り能力などには関心がないことを忖度して、不自然な流れの会話を資料②と③から作成するしかなくなる。

そもそも、3問ある記述問題のレベルは、恐らく優秀な生徒であれば小学生から中学生初期程度で対応可能だと思えるのだが・・・。

今回のブログでは扱わないが、第2問、第3問の正解とされる各選択肢にも突っ込みどころ満載である。
ただ、こちらは従来のセンター試験レベルよりは、題材は難しいと感じる受験生も多い可能性がある。

このレベルのちぐはぐさも含め、記述問題の開発にはまだまだ課題が多いと思わざるを得ない。

私の意見は従来どおりの試験に戻せということではない。

「受験生に失礼のないものが用意できてから出すべきだ」

と考える。

解答を公表出来ない無責任な対応を続けている各大学の入試問題にも是非メスを入れて欲しい。

そうした改善も行われないまま、見切り発車を行うなら、受験生の受ける被害は多大である!
それだけは絶対に避けてもらいたい!

 

 

 

アクティヴラーニングを考える 日テレドラマ 「先に生まれただけの僕」第3話を材料に

櫻井翔さん主演の日テレドラマ「先に生まれただけの僕」の中で「アクティヴラーニング」や “Instructional Design”が紹介されていて興味深く視聴させて貰った。

http://www.ntv.co.jp/sakiboku/index.html

私の感想の結論は、

表面的過ぎる内容でAL(アクティヴラーニング)に対する誤解が広がるので、
どうせドラマで取り上げるなら、きちんと取材なり勉強してからにして欲しい。

ということになる。

が、全否定するわけではなく、何が問題点なのかを考えることが有意義だと
感じたので取り上げてみたいと思う。

まずドラマ第3話の中でALにまつわる話の概要は以下の通り。

① 急な退職者が出て、臨時で授業補填をする素人校長の鳴海校長(櫻井翔さん)がALを
数学の授業で実践。「教えるのではなく生徒自身が教え合う」授業運営を試みるが
「全員問題解答」という目標には到達出来ず、失敗したと校長は落ち込む。

② 瀬戸康史さんが演じる英語教師が、「アクティヴラーニング」には必要な方法論があり
それは Instructional Design であるとし、以下の③のような授業を展開する。

③ 二枚の絵を使ったPair Work。There is ~ / There are ~ の文を用いて二人で
英語のやり取りをしながら、お互いに絵の違いを発見していくという活動。

④ 生徒は「授業が楽しかった」と言い、でも「AIが発達して通訳が瞬時に出来る時代が来るのに何故英語を学ばなければならないのか?」という疑問を英語教師にぶつける。

⑤ 少子高齢化、労働人口減少などの要因で日本のグローバル化は避けられず、ネット情報の半数が英語という時代。将来の日本人にとって英語は重要な「生きる力」の1つだと教員は答える。

実は、私自身、田原真人さんが主宰する「反転授業の研究(フェイスブック)」の末席に
加えて頂いている身である。田原さんのように、ALに対して幅広い教養も知識もないが
それでも、ドラマでの扱われ方には深刻な課題が多いように感じた。

まず、①の櫻井校長のAL授業。素人がネット検索から一夜漬けした程度で出来る授業としては
実にリアルに描かれていたように思う。これなら誰でも出来るレベルだ。
だが、当然失敗する・・・。が、本当に失敗なのか?

教員が設定した「目標」に生徒が到達しないことを「失敗」と断じてしまうのは
方法論がどんなものであっても、正しい認識ではない。
教員、生徒両方が「設定目標」に到達しない挫折だって、貴重な「経験」である。
また、「授業」の成功を、「単発の授業の目標到達」で評価することも安易であろう。

ここでは、むしろ、「授業で設定した目標」の妥当性を課題にすべきだったと思う。
「1問解ける=ゴール」という目標設定自体が悪いのではなく、その授業のゴールが
何に繋がっているのかが学習者、教育者に共有されていないことが問題。
だからこそ、最後に生まれる生徒側の疑問、「これが出来て何になるの?」は
必然だと感じた。その疑問の必然性と授業との繋がりこそ本質として描くべきだったのでは?

次に②③の Instructional Design を土台にしたという瀬戸さんの授業について。

③の授業は、中学1年生の英語授業の中で私自身が行ったことがあるもの。
珍しい活動ではなく、準備も実践も簡単だ。
ま、少なくとも、高校2年生の英語授業ではありえない、といったツッコミは置いといて
あれは、ただの「活動」であり、それだけでは「学び」とは言えない。
だから、Active Learningと呼べる代物ではない。
あれをActive Learningだと解釈する誤解が保護者、教員、社会全体に
広がれば、ちょっと大げさだが、日本の教育は崩壊しかねない。

今の生徒たちの中には、「人の話を聞く」のが本当に苦手な生徒が少なくない。
瀬戸さんが演じた授業は、「学問において致命的とも言える人の話を聞けないという欠点を抱えた生徒を寝かせない方法」
であり、あれをActive Learning として広めていくのなら、日本中で「活動あって学びなし」
(元堀川高校校長荒瀬先生の言葉)の授業が蔓延することになるだろう。

何が問題なのか?実はそれを考えることが、ALについての考察を深めることに繋がると考える。

Instructional Design について、私は専門的に学んだことはないが
簡単に言えば、「生徒がActive Learner になる仕掛け」のことだと解釈している。

瀬戸さんの演じた授業の問題点だと私が感じたのは以下の通り。

1)授業の目標設定が明確ではない

⇒ だから最後に「楽しかったけど、何のためにやってるの?」と問われる
2)学習者が目標到達したかどうかの確認がない

⇒ たとえ出鱈目な英語をずっと使っていても修正の機会すらない
3)単発の授業が次の授業とどう繋がるかが見えない

もちろん、日々行っている私自身の授業も欠陥だらけである。
私自身を含む多くの教員が抱える課題とここで挙げた課題は重なるところがあり、
その点については後述するが、ここでは瀬戸さんの演じた授業についてのみ話を進めてみる。

瀬戸さん演じる教員は少なくとも以下の点をまず生徒と共有して授業すべきであった。

□ 活動が、「情報のギャップ」を埋める意思疎通に必要な伝達スキルを鍛える訓練であること。
□ 多少間違った英語でも、英語を発話する機会を持つことが重要であること。
□ 共有するバックグラウンドが大きく、「ギャップ」が極めて小さい同級生にすら伝わらないのであれば、共有するバックグラウンドが小さく、「ギャップ」が大きい外国人との会話では伝わらない。語学力、伝達力に大きな欠陥があることを確認し、それを具体的に改善することが必要であること。

もちろん、上記のような言葉では伝わらないので、そこにも工夫が必要である。

そして、授業でのやり取りを録音するなどして教材化し、何が間違っているのか、伝達法のどこに問題があるのかを明確にして「学び」に繋げることこそが必要である。「やりっぱなし」の授業では、「学び」にはならない。

ここで、現場の課題も明確になる。

仮にフィードバックを実施するなら、一人の会話が3分だとしても、20組(40人クラス)だとそれだけで60分となり聞くだけで1時間が終わってしまう。7組(14人クラス)だと21分。これらを同一授業内で消化するのか、次の授業の教材として活用するのかによるが、フィードバックを実施するなら、これがギリギリの人数だと思う。

イギリスでのTeacher Training プログラムに参加した時、ドイツ、ラトビア、ポーランドなど多くの英語教員と情報交換したが語学の授業で40名を超えるクラスサイズだという日本の現状を話すと、例外なく「信じられない」というリアクションが返ってきた。

また、こうしたフィードバックを含めた授業デザインを実行するには、学期ごとの到達目標などといった大雑把な計画では実行不可能だ。しかし現状、私自身出来ていない。

「ブラック企業化」した、「非本来業務」や「不毛な会議」が増加する現在の学校現場では、可能なのは一部の学校の一部の教員に限られるだろう。ALを叫ぶ教育行政側にその問題意識があるとは思えないのが残念であり大きな問題である。ここを課題として大きく取り上げて欲しかった。ま、ドラマではなくなってしまいますし、ますます視聴率も落ちそうですけどどね(笑)。

さて最後に、④⑤のやり取りについて。
お気づきになった方も多いかもしれませんが
瀬戸先生、全く生徒の質問に答えていません(笑)。

生徒「AIが瞬時に通訳する時代が来るのに何故英語を学ばなければいけないの?」
先生「少子高齢化、労働人口減少、移民増加が必然の時代。ネットの半数の情報も英語。だから学ばないといけない」

先生の答えがトンチンカンであることも問題だが、それより問題なのは
「学ぶ理由が分からない時には学ばなくてもよい」という前提に立って話を
している点で生徒と先生が同じ土俵に立ってしまっている点。

「解なき時代」と言われる時代に教育は変わらなければならないと語る教育関係者は多いが
「解なき時代」なら(いや今だけでなく昔からそうだが)、「何故学ぶのか?」の解など
どこにもないことこそ伝えておかなければならないのではないか?。

「そんなこと私にも分からない。その答えは私も君たちも自分で創るんだ。甘えるな!」

それだけで良かったと私は思う。

ちなみに、瀬戸先生の解答は、近年教育行政に口を出している「経済界の言い分」そのものであり、そこにもぞっとする気持ち悪さを私自身は感じてしまった。

だから、入試問題がSPI化することに何の問題も感じない教育関係者が多いのだろう。

いずれにしても、ただのドラマのエピソードだったが、私としては考える材料を提供して貰えたことに感謝したい。

最後まで読んで下さった方、ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

調査書は廃止すべき

2020年教育改革の一部として
調査書の大幅変更が検討されている。
学力一辺倒ではない入学者選抜を行う、ということには反対しない。
だが、なぜそれが「調査書の変更(記載事項の増加)」になるのか、意味が分からない。
複数の有名私立難関大学の広報長にお尋ねしたところ、『入試における選抜の参考資料として調査書内の教員所見は見ていない』との回答を得た。
それはそうでしょうね。
評定の価値だって高校のレベルによってバラバラ。
教員の主観などを点数化すれば大問題。
しかし、これまで長い間、そんなことは薄々分かっていながらも、現場の多くの教員は調査書の所見欄を埋めるのに莫大な時間を費やしてきた…。
関係ないと分かっていながら、合格して欲しいという気持ちで必死に書いてきた。
大学関係者はそれをどう思っているのだろう?
そう言われるのが嫌だから、『参考にはしてます』とコメントする大学関係者がいるなら、心の底から軽蔑しますね。
他人に無意味な無駄を強要する人間が、社会を悪くするたちの悪い人間だと私は考えますので。
必履修科目の単位が取得されているかどうかの確認なら、評定と出欠さえ分かれば十分なはず。
あとは、選抜する大学関係者の皆さんが、合宿でも何でもやって直接本人を見て頂けませんか?
ちなみに、調査書を書くだけではなく、調査書の打ち出し、折り、袋詰め作業も教員の業務、既卒生の調査書の打ち出しも教員の業務にしている学校まであることをご存知ですか?
高大接続、高大連携は大いに結構ですが、立場が弱い高校側から見るとこれまでの連携話はパワハラにしか感じられないのですが。
提案です。
① 調査書の所見欄を全て廃止し数値データのみにする。
② 学力試験で見れない本人の素養は大学主催の合宿などのイベントで大学関係者が自分の目で見る。高校教員もそのイベントにobserverとして参加し何が各大学で求められているのか確認出来るようにし、その上で有機的な高大接続を高校・大学で検討する機会を作る。
あるいは、大学関係者が高校の授業をプロ野球のスカウトのように見学し、日常授業への取り組みを見て将来性を評価する。
いかがでしょう?
ついでに言っておくと、高校受験における「内申書」も30年以上前から止めて欲しいと思っている。
「公」を軽んじて、「エゴ」をむき出しにし受験の為にのみ学習するような学生とそれを肯定する保護者を縛るためのツールとして使われてきたのかもしれないが、それには別の対応を行うべきだ。
逆に学校側からの「脅し」として使われたケースを身内の実体験として知っている。
「行事で〇〇係をやらなければ内申書は悪くなるぞ」
いずれにしても、「学力以外」の要素を評価するような代物とはとても思えない。
お題目だけ立派。
上手くいかないのは現場が悪い。教員、生徒、親のいずれかに問題がある。
違うでしょ?
現場も知らず、理解しようともせず、それなのに、「偉そうなこと」を言う「部外者」が余計なことをするからいつまでたっても「教育」がよくならないのでは?
Opinionです。「怒り」にまかせて書いてみました。

 Fact と Opinion 社説を題材に実践

Critical Thinkingの重要なスキルとして
FactとOpinionを見分ける能力がある。

今回は実際のマスコミ報道を題材に実践例を
紹介してみたいと思う。

まずは最近の読売新聞の社説より。

タイトルは「ラスベガス乱射 銃規制強化できぬ米国の病弊」とある。

戦場で使われるような殺傷能力の高い武器が、観光地の繁華街に簡単に持ち込まれて、
大惨事を引き起こす。米国は、この異常な事態をいつまで放置するのか。
米ラスベガス中心部で64歳の男が、ホテルの32階の部屋から眼下の野外コンサート会場に向けて、銃を乱射した。死傷した聴衆は約600人に上った。米国史上、最悪の銃撃事件である。衝撃的なのは、大量のライフルなどの銃器や弾薬、スコープ(照準器)、銃を固定する三脚が部屋から見つかったことだ。

連射能力や命中率を高めるため、銃器は改造されていた。大量殺人を計画し、周到に準備していたのは間違いない。警察やホテル側が、多数の武器の移動をチェックできなかったのは問題だ。

容疑者は、警察が踏み込む前に自殺したとみられる。テロ組織や過激派との関係はなく、単独犯だという。捜査当局は、動機などの全容解明を急いでもらいたい。

米国では銃の購入は容易で、約3億丁が出回る。国民1人当たり、1丁の計算になる。短時間で大量発射できる攻撃用銃器の製造を禁じる法律は、1994年に10年間の時限立法で成立した後、2004年に失効した。乱射事件は日常的に起き、不特定多数が集まる「ソフトターゲット」が狙われる例も目立つ。小学校で多数の児童が犠牲になり、連邦議会議員が重傷を負っても、銃規制の強化は進まない。

トランプ米大統領は、踏み込んだ発言を控えている。昨年の大統領選では、「全ての米国人が家族の安全を保つ権利を守る」との立場を示した。銃規制に反対し、強大な影響力を持つ全米ライフル協会は、トランプ氏を支持する。議会も、保守派の共和党が多数派を占める。

保守派は、1791年に憲法に追加された武器所持の権利条項を規制反対の論拠とする。独立戦争や民兵を踏まえた当時の規定を、軍と警察組織が整備された現代の先進国で、護身用の武装の正当化に援用するのは無理がある。時代の変化に即した議論を始めるべきだろう。

大量殺傷能力を持つ銃器の流通を放置すれば、過激派やテロリストに悪用される可能性が大きい。極めて常識的な問題提起と保守派の主張は噛かみ合っていない。

残念ながら、銃規制の厳格化は望めまい。社会の分断が一段と深まることも懸念される。米国の病弊と言えよう。

2017年10月05日 06時06分
(http://www.yomiuri.co.jp/editorial/20171004-OYT1T50113.html)

 

ちなみに社説とは「新聞・雑誌などで、その社の責任ある意見および主張として載せる論説」(デジタル大辞泉)のことである。

アメリカ国内における銃の犠牲者となった日本人も過去に出ており、
人種、国籍を問わず多くの悲劇が生まれたことを考えれば
今回の問題は決して人事ではないし、記事そのものを妥当な問題提起であることに異論はない。筆者の怒りや意見を私自身も共有するものである。

ただ、文章を読む時には、「全てを正しい」と読んでしまい
活字に操られてしまうことを避けなければならない。

そこで重要なのは、それぞれの文章がFactなのか、Opinionなのかに
注意をして読むという姿勢と、その区別を有機的にそれぞれの読者の
主観による判断に活かしながら文章を消化するスキルである。

英米では小学生から重視され訓練されるCritical Thinking Skillであるが
日本ではまだ十分な認知も教育もされていないように感じる。

また、「思考力訓練」と称されるFactとOpinionの区別訓練も
「区別」の後の重要な活動(具体的にどう使うか)までは含んでいない
ものが多い点も課題ではないか?

もっとも、そうした教育を受けているはずの人材の中にも好戦的で
他者の痛みに鈍感で、エゴの塊のような人間が多いのなら、必要な教育は
別にあるのではないかとも思うが・・・。

さて、抽象論に終始しても仕方がないので
今回の社説を Fact or Opinionの姿勢を持って読んでみよう。

ア)戦場で使われるような殺傷能力の高い武器が、観光地の繁華街に簡単に持ち込まれて、大惨事を引き起こす。
イ)米国は、この異常な事態をいつまで放置するのか。

→ ア)は一見Factだと思われるが、「簡単に」の箇所はOpinionであり、「主観」。
「どの程度簡単だったのか?」については、説明がないので、詳細を検討する必要があ る。カジノを持つ観光地の警備体制が「他と比べて」それほど弱かったのかどうか?
場合によっては、「ラスベガスですら」こうした惨事が起こるという話なのかもしれない。ちなみに産経新聞の社説ではラスベガスの歴史について触れ、ラスベガスで今回の事件が起きた意味をさらに深く考察しているように思える。

ラスベガスはマフィアに牛耳られながら、ギャンブルの街として発展していく。
80年代に入ると、そのマフィアも一掃され、治安も格段によくなった。
現在では、年間観光客が4000万人を超える、家族で楽しめる街に生まれ変わった。
その中心街にある屋外コンサート会場におびただしい数の銃弾が撃ち込まれ、59人が命を失った。逃げ惑う観客をあざわらうような犯行は、マフィアも顔負けの非道である。
米国での史上最悪の銃乱射事件は、観光都市のイメージに大打撃を与えそうだ
(産経新聞社説 10/4)

イ)もFactに見えるが「異常な」「いつまで」「放置する」といった言葉の使い方に筆者の感情が多分に含まれるOpinionである。事件への「怒り」はもっともだが、事件の悲惨さによって「放置しているのかどうか?」を決めることはLogicalではない。

繰り返すが、「あってはならないことが起きた」ことに対する「怒り」は正当だと私も判断するが、それについての記述が全て正しいことでFactであると考えてしまっては事象を誤って認識し適切な対応が取れないことになってしまいかねない。それを避けるためにもFactとOpinionの区別をしながら文章を読む姿勢が必要なのである。

ウ)米ラスベガス中心部で64歳の男が、ホテルの32階の部屋から眼下の野外コンサート会場に向けて、銃を乱射した。
エ)死傷した聴衆は約600人に上った。
オ)米国史上、最悪の銃撃事件である。

→ この3つの文はFactとして基本的には問題ない。

ただしオ)は統計で確認されるべき内容。厳密に言えばOpinionになる。
「Factとはソースが明らかな情報のこと」とかえつ有明の山田先生もご指摘になっている通り  この情報が仮に間違っていたとしても、ソースさえ明らかになればFactとなる。

ソースを明示することによって読み手に確認出来る手段を与え、その真偽の検討を可能にするという書き手の責務をきちんと果たすのがCritical な文章である。そういう意味でオ)はFactと判断するには弱いとも言える。
カ)衝撃的なのは、大量のライフルなどの銃器や弾薬、スコープ(照準器)、銃を固定する三脚が部屋から見つかったことだ。

→ 「衝撃的」というのは「主観」であるが、恐らく多くの別の主観の共感を得られるレベルの話だろう。こうしたケースでは、Opinionだから「事実」ではない、と判断しても個人的には意味がないように思われる。
ただ、「大量の」が具体的にどのくらいの量なのかについては、今後の対策を考える場合に正確に把握しておく必要があるだろう。その確認がなければOpinionに過ぎない表現になってしまう。

他社の社説では数値をあげているものもある。

(毎日新聞)ライフルなど高性能の銃を20丁以上持っていた。容疑者宅の捜索では19丁の銃器や爆発物が見つかったという。
(朝日新聞)ホテルの部屋に23丁もの銃があり、自宅からも19丁の銃や数千発の銃弾、爆発物などが見つかったことだ。

報道機関の責任として、こうした数値を調べて報道することは最低限必要な態度だと個人的には思う。

キ)連射能力や命中率を高めるため、銃器は改造されていた。
ク)大量殺人を計画し、周到に準備していたのは間違いない。

→ キ)はFact。ク)はOpinionであるが、カ)キ)のFactをEvidenceとして持つかなり説得力のあるOpinionとなっている。

ケ)警察やホテル側が、多数の武器の移動をチェックできなかったのは問題だ。

→ この文章が個人的には最も引っかかった。警察はともかく、ホテル側が武器移動のチェックを日常業務の中でこなすことが出来るだろうか?旅行客の手荷物検査をホテルが行ってよいのか?プライバシーの問題になる。

また日本国内のテロ対策でも言われることだが、新幹線への武器の持ち込みなどのチェックは利便性が大幅に低下するという犠牲を払う必要がある。安易に「想定外」を事後に繰り返す無責任な姿勢も問題だが事後に他者を責めるだけでも問題は解決しないし、場合によっては別の問題を新たに生み出す可能性もある。

リスクよりコストを重視すべきではないと思うが、リスク判断は事後ではなく事前に出来なければ意味がない点でもシビアだ。このあたりは高度な判断を責任ある立場の人間がやるしかないだろう。

コ)容疑者は、警察が踏み込む前に自殺したとみられる。
サ)テロ組織や過激派との関係はなく、単独犯だという。
シ)捜査当局は、動機などの全容解明を急いでもらいたい。

→ 最近の日本のマスコミの記述に多い曖昧な表現。
ソースが明らかになっていないのでコ)サ)はFactとは言えない。
シ)は個人の願望でOpinionだがEmotionのレベル。

ス)米国では銃の購入は容易で、約3億丁が出回る。
セ)国民1人当たり、1丁の計算になる。

ス)は「容易」がOpinion。ただ数値によってFactとなる。
セ)はFact。単純な計算。

ソ)短時間で大量発射できる攻撃用銃器の製造を禁じる法律は、1994年に10年間の時限立法で成立した後、2004年に失効した。
タ)乱射事件は日常的に起き、不特定多数が集まる「ソフトターゲット」が狙われる例も目立つ。
チ)小学校で多数の児童が犠牲になり、連邦議会議員が重傷を負っても、銃規制の強化は進まない。

ソ)はFact。
タ)は「目立つ」という表現からOpinion。他の具体例も字数が制限されていなければ欲しいところ。
チ)は「多数の」「進まない(主観)」という表現からOpinion。

ツ)トランプ米大統領は、踏み込んだ発言を控えている。
テ)昨年の大統領選では、「全ての米国人が家族の安全を保つ権利を守る」との立場を示した。

ツ)も「踏み込む」という行為が何と比較してなのか曖昧でOpinion。
テ)は論理的な繋がりが曖昧。

ト)銃規制に反対し、強大な影響力を持つ全米ライフル協会は、トランプ氏を支持する。
ナ)議会も、保守派の共和党が多数派を占める。

ト)は「強大な影響力」がOpinion。
どの程度の影響力なのか、具体的にどういう影響を持つのか?
また、協会がトランプ氏を支持していることと、ツ)との因果関係を示唆するような言い方になっているが、それが事実なのかどうかもEvidenceに基づいているとは言えない。
ナ)はFact。

ツ)~ナ)については経緯を含め、朝日新聞・毎日新聞の記事の方が優れていると思われる。ただ、両者を比べてみると興味深い違いも見えてくる。

 

(朝日新聞)
米国の銃規制の取り組みは、頓挫を繰り返してきた。
クリントン政権時の94年、半自動小銃の製造と販売を禁じる時限立法が成立したが、
ブッシュ政権下の04年に失効した。

12年に26人が死亡したコネティカット州の小学校での事件を機に、
オバマ政権は自動小銃の規制強化と購入者の犯罪履歴確認の厳格化をめざしたが、法案は上院で否決された。

その後も昨年にフロリダ州のナイトクラブで49人が死亡するなど悲劇は続いたが、
銃の権利を擁護する特定の政治圧力は根強い。
近年は、乱射事件が起きるたびに銃の売り上げが急増する現象も続いている。

(毎日新聞)
米国では乱射事件が後を絶たない。昨年はフロリダ州のナイトクラブで49人が死亡し、
2012年にはコネティカット州の小学校で子供ら26人が犠牲になった。
昨年、購入者の審査を厳しくする銃規制策を発表したオバマ大統領は、5年前の小学校の事件に言及して涙を流した。

朝日がTime Orderに沿って記述しているのに対し、毎日は昨年(2016)→2012→(2016)とOrderに沿った記述になっていない。
どちらが読みやすいかは一目瞭然だろう。Time Orderを意識した表現もCritical Thinking Skillの重要な1つであるが、ここでは詳しく触れない。

ニ)保守派は、1791年に憲法に追加された武器所持の権利条項を規制反対の論拠とする。
ヌ)独立戦争や民兵を踏まえた当時の規定を、軍と警察組織が整備された現代の先進国で、
護身用の武装の正当化に援用するのは無理がある。
ネ)時代の変化に即した議論を始めるべきだろう。

ニ)はFact。ただ、保守派=共和党と大雑把に括ってよいかは疑問。アメリカの政治の実情を認知しておく必要がある。ちなみにこのあたりの事情はLA Timesの以下のサイトで詳しく論じられている(山田先生より情報ご提供頂きました)。

http://www.latimes.com/opinion/op-ed/la-oe-waters-second-amendment-constitution-gun-control-20171013-story.html

ヌ)ネ)はOpinionであるが、比較対照法を用いて説得力は感じる。

ノ)大量殺傷能力を持つ銃器の流通を放置すれば、過激派やテロリストに悪用される可能性が大きい。
ハ)極めて常識的な問題提起と保守派の主張は噛かみ合っていない。

ノ)はOpinion。過去の事例を提供出来れば説得力は上がる。

ハ)は「極めて常識的な問題提起」がOpinionだが、それより「保守派」が誰を指すのかが曖昧な点が気になる。

ヒ)残念ながら、銃規制の厳格化は望めまい。
フ)社会の分断が一段と深まることも懸念される。
ヘ)米国の病弊と言えよう。

 

今回の社説が最も弱いのが最後のこの部分。ヒ)フ)ヘ)はOpinionだが、論理的な繋がりが不明。文章を書いていて筆者自らが疲れてしまったのか?筆者は何を主張したいのか?

「アメリカのことに日本が口を出してもどうせ聞く耳持たないだろう。ここで言ったって、無駄な遠吠えになる。それが分かっているから、シニカルに文章をまとめるか」

と考えたのかもしれない。ただ、こうした「上から目線」が「社の責任ある発信」であるとは私は思えない。主張が通る、通らないは別として、明確に言うことは言う。そうあって欲しい。

ちなみに、各新聞の社説は以下のように主張を明確に出している。

(朝日新聞)
米国を尊敬される国にするというなら、トランプ氏はこれ以上、野蛮な銃社会を黙認してはならない。 米国民と世界からの訪問客のために、銃規制の強化と取り締まりに動くべきだ。
(毎日新聞)
共和党のトランプ大統領は、事件に関する声明で銃規制には言及しなかった。 だが、01年の米同時多発テロ後、国内外でテロ対策に神経をとがらせてきた米国は本来、 銃規制にも本気で取り組むべきである。

(産経新聞)
動機が何であれ、事件を引き起こしたのは、銃が簡単に手に入る社会の構造である。
さすがに銃規制を求める声が強まりそうだ。
もっとも、武器を保有する権利を保障する憲法と、強力な政治力を持つ全米ライフル協会(NRA)が、 その前に立ちはだかる。NRAは銃乱射事件が起こるたびに、むしろ自衛のために銃が必要だ、と主張してきた。
何百メートルも離れたホテルの32階から無差別に撃ち込まれる凶弾に対して、銃が守ってくれるはずがない。

産経新聞は主張が明確とは言えないかも知れない(他所の国のことだから、という遠慮?)が、読売とは違い論理的に反論を封じる形で文章を結んでいる。
以上、社説を[OpinionとFact]に注目して分析してみた。

銃規制や法律の知識などに乏しいので、その点間違いなどがあればご指摘、ご教示いただければ幸いである。
また、社説という「重大な責任」を伴う仕事を日々こなしている方々のご苦労にも敬意は持っているつもりである。
「代わりにお前が書け」と言われれば、そんなことは無理なので。
(ただ、この「文句があるなら自分がやれ!そうでないやつはただの学者・評論家だ」という殺し文句が日本を劣化させている気はしますね。そんなことが許されるなら全ての仕事でそれを言ってよいことになる。「改革が必要?自分がやってから言え」「社長命令?平社員やってから言え」でもいい訳ないだろう…)

記事を最初に読んだ時に感じたのは大きな悲劇に対する怒りややり切れなさは伝わってくるが、問題解決に繋がる現状分析や具体策が提供されているとは思えない。というものだった。その根本的な理由が、FactとOpinionについての意識不足にあるように思えてならない。

New York Timesの以下の記事と比較してみると日米の違い(差)がよく分かる。
もちろん、米国のメディアが上で日本が下ということを言いたいのではないが、Factをより意識してOpinionを展開している点は流石だと感じてしまう。

If there is any bright spot it is that little more than a third of American households own a gun now, compared with 50 percent in earlier decades.
Still, this has driven the industry to try to sell more guns to fewer Americans, from battlefield-type weapons to the concealed-carry pistols marketed as stylish
vigilante accessories. According to a 2015 study by Harvard and Northeastern Universities, 3 percent of American adults own half the nation’s guns ? averaging a
startling 17 guns apiece.

→ 数字の効果的な使い方、ソースを明示する姿勢

The Las Vegas shooter was one of these hard-core arsenal owners. He stockpiled dozens of weapons, apparently with no one, and no law, to question the practice
or his rationale. The government should be asking how he was able to do this, and how it could have been prevented. To the nation’s continuing sorrow, however,
it’s clear little can be expected of the president and congressional leaders as time goes by and the next mass shooting draws nearer.

→ 前段を受けて最終段落では論理的に主張を展開する。最後は挑発的な皮肉で締めくくる。

最後に日米のこの点について、かえつ有明の山田英雄先生から貴重なご指摘を受けたのでご紹介して終わりにしたい。

日本人は読み手の責任や能力が問われる傾向にあるように感じています。つまり、書いてあることが分からないのは あなたの勉強不足が原因。(上から目線だからこんな社説でも平気でいられる?) しかし、アメリカでは、書き手の責任が常に問われるよう、教育をされています。つまり、論証の責任を負うのが 書き手であり、読み手はそこを突っ込む。だから引用は明確に記す。論証できないことは言わない。

それでも一緒になって感情的になり、大切な事実を見落とすこともあります。ポピュリズムたるゆえん。 だから、これを防止するための教育が必要、つまりは民主主義を守るための国民教育が必要、となります。

学校選択指標に思う

東大合格者数のランキング上位を公立学校が独占していた時代の学校選択指標は非常に分かりやすかった。
アクセスと中学校での成績で選択肢が限られていた為、公立学校の序列がそのまま学校選択指標であった。

選ぶ側に自由がない訳ではないが、与えられた諸条件でほぼ決まってしまうので、「選択」の余地はあまりない。

そうした状況が一変するのが、公立高校凋落の頃。
公立学校が荒れたこともあり、都市部を中心に私立台頭の時代が来る。
特に大学受験が激化した1980年代後半あたりから中高一貫校の人気が高まった。
要するに公教育への批判票として私立が伸びた。

この時期の学校選択は

① アクセス:通学可能圏内
② 大学進学実績
③ 中学入口偏差値
④ 口コミ評判(特に近親者)

の4つ。

『公立は水道の水。私立は井戸の水』といった表現で私立人気の秘密をまことしやかに語る私立学校関係者もいたが、選択指標が大して変わらなかったことから見ても、『荒れた公立』『放任の公立』への批判票が私立に流れたに過ぎない。

いずれにしても、選択指標の②や③は分かりやすいし、
④もEvidenceを伴うFactというよりは幾つかのOpinionによる判断だったように思う。

しかし、2000年前後から私学の理念の再生や改革というKey Wordとともに学校側のPRの形が変わってきた。

もちろん、少子化による生徒の奪い合いが背景にあるが、それだけではないように思う。

特に2000年前後によく言われるようになったのがSI(School Identity)である。

「どういう生徒を育てたいのか?」
「学校全体に浸透している理念や教育成果は何か?」

進学実績や入口偏差値を判断材料としながらもそこに大差がなければ、何によって学校を選ぶのか?
それに対する答えとして、「育てたい生徒像」「教育理念」などを骨子にしたSchool Identityが強調されるようになる。

SIは少子化を背景に自然発生的に生まれてきた、と思われる方も多いかもしれないが、私の見方はちょっと違う。

2000年前後から、学校の広報の大きな役割を持つものとしてホームページが積極的に活用されるようなった。
この影響はすさまじく大きいと私は思う。

つまり、「ホームページで表現された時に魅力的に見える学校」であるために必要なのが、
School Identityだったということだ。

暴論に聞こえるかもしれないが、テクノロジーが社会を変化させる例はホームページだけではない。
TVの登場により、アメリカ大統領選の本質が変わりケネディー大統領誕生の大きな力になったことはよく知られている。

ホームページという媒体で学校を見て貰うようになり「断片的な情報の集積」としての学校像ではカッコがつかないから「理念」やSIが「断片」をまとめるものとして必要になった、と私は見ている。

もちろん、そうではない学校があることも否定しない。

学校という組織は今でも「一国一城の主」的なそれぞれの聖域で勝手に仕事をする教員が少なくない。

保護者は学校に預けているのであって、ある特定の教員に預けている訳ではないのだが
教員の側は傲慢にも、そう考えず自分の聖域で個人的価値観を基に教育をしている。
そんな教員ばかりではないが、そういう教員も多いということである。

それは私を含む現場の教員の思い上がりにも原因があるが、組織としての学校が経験と理念を共有し、SIを構築するのは非常に難しいことにも理由がある。特に宗教系の学校でなければ至難の業だ。

本来なら、リーダーを中心に、各々の教員の日々の教育経験や価値観を共有、議論し、
その結果出来上がるべきSIが「ホームページ、すなわち魅力的なPRに必要な要素」だから
前面に出て行く…。

こうした本末転倒な状況が多くの学校の実情ではないかと思うがどうだろう?

さて、それはともかく、SIが明確になり、学校選択指標の中に入ってきたことにより
学校を選ぶ保護者の側は

「ここに入れたら何をしてくれるのだ?」
「ここに入れたらどう育ててくれるのだ?」

といった問いを持つことになる。

こうした学校選択指標の変化は、日本の教育における進化なのだろうか?

最近では

①アクティヴラーニングをやっているのか?
②グローバル対応はどの程度進んでいるのか?
③語学教育は充実しているか?
④キャリア教育は?

といった選択指標が大学の説明会ですら語られる。

説明だけ聞いているとどの大学なのか分からいくらい、どこも②③④を中心に
パワポで説明をする。

学校が時代に合わせて変化しなければならないこと
教員が時代に合わせて学び変化しなければならないこと

これは正しい。

しかし、宣伝時に表面に出てきている「学校の変化」ほど
学校も教員も実は変わっていないように思える。

そんな中で選択指標が一人歩きし、新しい時代に必要だとされる
キーワードだけが連呼される空気の中に私は進化を感じることは出来ない。

「6年間でわが子がどうなるかなんて、入れる時に見える訳がない」

と考え、成長出来るコミュニティーなのかどうかを学校を実際に見学して
見極めるしかないのではないか。

合わなければ他の選択肢を探せばいい。

そもそも人材は育てられるのではなく、育つものだ。

もちろん、関わる教員も保護者も「良い」と思うことを
全力でやるべき。

組織としての学校に、それなりのコンセンサスがあって教育していることも必要。

新しい取り組みも当然必要。
(成果も見えないのに安易に飛びつく風潮はまずいが)

だが、人に教わって身につくことなどスタート段階のものに過ぎない。

いろんな失敗をして、挫折も味わって、いろんな刺激を受けて
若い子達には伸び伸びと成長していって貰いたい。

ぬるま湯につかっていたり、楽をしていたら「喝」は入れますけどね。

 

 2020年教育改革に望むこと

ご無沙汰しています。

育児に追われていつの間にか半年更新してませんでした。

久々に投稿させて頂きます。

「平成の教育改革に望むこと」と「学校・教育について徒然に」書きます。

一方的に何かを望むことは無責任だし
「自分にやれることをやる」というスタンスは
変えるつもりもないが、「教育改革」とやらを
進める当事者ではないので、現状、「望むこと」しか出来ない。

もちろん、「改革」を行う方々には相当のご苦労があることには理解と敬意を持って以下述べたい。

大学入試が変わる。
結構なことだ。

解答・解説・概評すら公開しない今のやりっぱなしの
大学入試が、「求める人材像」の発信の一環として
問題の解答・解説・概評などを公開してくれることを望む。
こんなことは最低限の礼儀だろう。
偉そうに言う前にこれすらやれないのなら
全ての発信内容が単なるお飾りにしか見えない。

もっと言えば、学生が「どのような教育を受けてきたのか?」ではなく
「どのように何を学び考えてきたのか?」を重視し評価する作問を望む。

先日公開された新テストのサンプルを見る限り、申し訳ないが個人的にはそうした姿勢を感じなかった。「公の為には個人を犠牲にしなければならない時もある」という命題自体は正しくないとは思わないが、あのテーマで、あの題材で、あの問題!?

http://www.dnc.ac.jp/albums/abm.php?f=abm00009385.pdf&n=%E8%A8%98%E8%BF%B0%E5%BC%8F%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%81%AE%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB%E5%95%8F%E9%A1%8C%E4%BE%8B.pdf#search=%27%E6%96%B0%E3%83%86%E3%82%B9%E3%83%88+%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AB%E5%95%8F%E9%A1%8C%27

単に扱いやすいだけの国民じゃないかと感じた。突っ込みどころは満載だが、敢えてこの程度にしておく。

思考力型だ、記述型だ、といったことが話題になるが
「検定教科書」なるものを材料・指針として学習を指示している以上
それらとどのように学生達が関わってきたのかを知ることを
明確な目的にして問題を作成して欲しい。

教科書の中で覚えるべきことは覚えたか?身につけることは身につけたのか?(知識・技能)
教科書の学びを通して、色々な疑問を持ち、自分なりの解を探しながら学んできたのか?(問題意識・課題発見・当事者意識・思考力)
教科書を出発点にしてどこまで世界を広げてきたのか?(生き様)

もちろん、そうしたことを「測定する試験」を作ることは難しい。
でも、多くの人材を輩出してきた大学には、それを望みたい。

そして、それは大学ごとにやるべきだ。
共通テストなど廃止でよいのだ、と言ったら暴論だろうか?

少なくとも今のセンター試験を変えない方が相当マシなように思えてしまう。

さて…

最近、子どもが出来てから、今までとは別の角度から学校や教育について思うことが増えてきた。「これからの学校は子どもに何をしてくれるのだ?」そう思う保護者の気持ちも分かる。痛いほど分かる気がする。まだ本当に痛みを感じるのは、この先かも知れないが…。

でも、それは違う。「教育」は「してくれる」ものではなく、本人が学ぶかどうかが大事。学びのチャンスを与えてくれる場なのかどうか?成長出来る環境なのかどうか?

今の学校で勤務してきて心から思うのは、「生徒達の作る共同体の素晴らしさ」だ。

仮に教員が駄目でも、校舎がぼろくても、目新しい教育をしていなくても(うちが事実そうだと言ってませんよ、念のため)、よい学校は生徒が創るもの。もちろん、教員も子ども達の成長に時に大きく関わるべきだし、関わる努力をすべきだとは思う。それは親も同じ。だが、自分の過去を振り返ってみても、子ども達同志の関わりにより生まれることが一番大きいし重要だ。「あんな奴がいるのか?」「すごい奴だ!負けてられない!」「自分はどう生きるんだ?」そうしたことは「教育」から学んだというより、「場」と「人」から学んできた。

平成の教育改革が、そうした「場」を壊してしまうことがないことを切に願う。