VRの可能性についてふと思う。
VRの可能性としては、現実ではなくとも目の前の映像や身体感覚をリアルなものとしていかに感じられるか、が追求されているように思います。これは教育の分野でも今後ますます活用が広がって行くでしょう。行くのにコストが掛かってきた留学もバーチャルな留学になれば、低コストでより多くの人の学びの幅が広がるし、バーチャレンジな宇宙旅行、バーチャルな事故の瞬間など人が本来なら体験不可能な領域や二度は体験出来ないものも体験出来る様になるかも知れない。
ただ、ふと思ったことがあります。いつものように単なる思いつきですが。
自己中心性=自分の内側からこの人生を生きているという事実
ピアジェの発達段階の話ではなく人間という存在の本質的限界
これもしかして、VRで超えられる?
思考の部分、観念の部分では無理でも、感覚の転送や、自分を他者の視点からリアルに認知出来るとしたら。
他者を痛めつける自分に痛めつけられる被差別者の体験も人の痛みが分からない人間に体験させることが出来る…。そんなことでこの世の中から差別や戦争がなくならないのかも知れないけど、ふとそんなことを考えてしまいました。