今年の卒業式でクラスの生徒たちにお話ししたことを
ご紹介しておきます。
(正確な再現を目的としないので多少表現変わってますが)

話のテーマは、「18歳の自分に言ってあげたい3つのこと」。
未熟だった18歳の自分が、その後の人生で成長出来なかった後悔から
今の私が18歳の自分に言ってあげられるのなら、3つのことを
言いたいという話をしました。

1つ目は、「人の話を聴きなさい」ということ。

「人の話を聴けない」というのは2つの理由がある。

1つは、「聴く能力がない」ということ。
小学校低学年の子どもに難しい話をしても
「聴く知力」も「聴く体力」もないから無理な話。
でも、18歳の君たちの中にそんな人は一人もいない。
では、なぜ人の話を聴けないのか?

それが2つ目の理由。「聴く心がない」から。

人の話を聴いてしまうと、自分がなくなると感じるほど
自分が脆い人は、人の話は聴けない。

最初から、好き嫌いの感情で心を閉ざす人も人の話は聴けない。

自分のやり方を通すこと、自分色を出すことにこだわる
人間も人の話は聴けないし、聴かない。
目的は「自分色」ではなく、「よりよいもの」であるべきなのに。

でも、大事なのは理由ではない。人の話を聴けない人はどうなるか?

学ぶ機会を失い、自分に話をしてくれる人を失う。

そのことに伴う損失は計り知れないほど大きなものだ。

18歳の私は人の話を聴かなかった。
静かに立っているという自立ではなく
もがき苦しみ激しく怯え闘う自立だったのかもしれない。

でも、今の私なら18歳の私に言う。怖がらず人の話を聴けと。

2つ目は「自分を壊しなさい」ということ。

誰だって恥をかきたくないし、怖い思いをしたくないし
駄目な自分を見たくない。

でも、受験や試合に失敗し、「見たくない自分」を見た人には
分かると思うが、「自分」を守ることで人は成長しなくなるし
守らず経験すれば苦しい挫折を経ても成長出来る。

18歳の私にはその勇気がなかった。

「人前で話して、ドキドキするのが怖い」
「苦手なことをやって、みっともない自分を見るのが嫌」

それでは成長出来ない。

絶対に自分に向いてないと思って、キックボクシングをやったことがある。
当然上手くいかない。無様。でも、これまでの人生では出会えない人達に出会えた。
褒められると大人でもこれほど嬉しいと分かった。
継続してれば、センスがなくても小さな進歩を得られることも知った。

今の自分がそれほど大切か?
死ぬまで今の自分を守って、ぬるく安全に生きていきたいか?
そんなことをして自分を愛せるか、愛し続けられるか?

カッコつけなくていい。カッコよくなくていい。
自分を壊して、どんどん成長しろ!

未知の経験を積めば積むほど人は成長する。

3つ目は「信じる強さ、赦す強さを持ちなさい」

人を信じられない、意味を信じられない、世界を信じられない、
そんな人は「裏切られること」が怖いのだ。

でも勘違いしてはいけない。信じられない原因は「相手」ではなく
「自分」と「他者」との関わりの中にある。

「大学なんてつまらない」
一流大学と言われるような大学に行き、
そんな風に斜めから言う卒業生がいた。

私がその子に言ったのは、「違う。つまらないのは
お前が関わる大学、大学が関わるお前だ」ということ。

Aさんを信じられないのは、Aさんが悪いからではなく
Aさんと自分が作る関係がその程度ということ。

意味を信じられないのは、意味がないからでなく、
意味を感じられない自分にも大きな問題があるということ。

人生なんて意味がない?違う!今のお前が生きる人生に意味がないだけ。
受験なんて意味がない?違う!今のお前の受験に意味がないだけ。
世界に意味がない?違う!今のお前が見る世界に意味がないだけ。

「信じる強さ」を持て!
お利口さんになって考える前に
まず、信じろ!やれ!生きろ!

信じられるかどうかなんてことの根拠など探すな!
そんなものは、どこにもない。
生きた結果創られるものだ。

そして、運悪く、信じて辛い思いをしたのなら、「赦せ」。裏切られたという思いに囚われるほど人は不幸になる。自分を閉じて、動かなくなる。また、信じることから始めればいい。

私は人に上から目線で語れるほど立派な人生を歩んでいません。だから、ダメダメなあの頃の自分に言う言葉として生徒に聞いてもらいました。しっかり聞いてくれて嬉しかったです。

この後、ある英語の詩を読みました。最後の英語の授業です。
その詩の話は次回「卒業式後の話②」でご紹介します。

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