日本人の英語力をなんとか向上させたい!

この思いは、全国の英語教員だけでなく、多くの教育に関わる人たちの共通の思いであることは間違いないでしょう。英語が出来なくても出来る仕事はあるし、英語が出来ることは絶対に必要かと言われれば、そうではない。でも、英語が出来ることで一人一人の人材としてのチャンスや可能性が広がるのであれば、やはり出来ないよりは出来た方がいいに決まってる。

最近、英語教育をめぐる様々な動きが活発に見られるようになりました。その一つがこちらの「英語村」。

東京都が「英語村」開設へ 中高生向け、来春にも検討委
2014/12/22 1:30 情報元 日本経済新聞 電子版 記事保存

国際社会で活躍できる人材を育てるため、東京都が英語だけの生活が体験できる直営の教育施設「英語村」を開設する方針を固めたことが21日、関係者への取材で分かった。都内の中高生らが一定期間滞在し、「英語漬け」の生活の中で外国人講師から生きた英語を学べる施設とする方針。都は来春にも検討委員会を立ち上げ、具体化に向けた協議を始める。文部科学省によると、自治体が運営する常設の英語村が実現すれば全国で初めて…

個人的には歓迎すべきことだと思います。ほとんどの英語学習者はこれまでアルファベットから学んできました。でも、「学びたい」という出発点は多くの場合、自分が生きる日常における問題意識や興味であるはずです。多くの英語教員がこれまでなんとか「英語への興味を持ってもらうための工夫」をしてきたと思いますが、「言葉が通じない状況で異文化に触れ、なんとか自分の言いたいことを相手に伝えたいけどなかなか伝わらない」という貴重な経験を提供する場として、「英語村」はある程度の環境を提供してくれるのではないかという期待を持たせてくれます。あまり高すぎるハードルではなく、ちょっとした異文化体験(アメリカに拘らず様々な英語圏の国々)が出来るような場の提供であればさらによいのではないかとも思います。

さて、こちらはどうでしょう?産経新聞の記事から。

「英語特区」創設を提言 クールジャパン有識者会議

日本文化を海外に発信するクールジャパン戦略を話し合う政府の有識者会議は26日、公用語を英語とする「英語特区」創設などを盛り込んだ提言をまとめ、稲田朋美担当相に提出した。政府は2020年東京五輪・パラリンピックに向け、文化発信に関する施策に反映させる考えだ。特区は、海外への情報発信に必要なコミュニケーション力を強化するのが狙いで、特区内の企業は、社内共通語を英語にするなど一定の条件を満たせば、税制面での優遇が得られる。提言には、テレビ局に英語の副音声や字幕対応を促すための助成金制度導入も明記した。

「英語特区」?社内で英語を公用語?どこの植民地の話かと思いきや、日本なんですね(苦笑)

某企業では英語を社内語にしたために、理系の優秀な学生が入ってこなくなったり、「ここ大事な所なので日本語で言いますね」というフレーズが流行ったりしているという話を聞いたことがありますが、これはいかがなものかと思います。「経済特区」など短期間の国益を考えてのやむを得ない選択肢としての国策なら分かるのですが、これはどうなんでしょうね?

国民の大半が英語を喋れても、大学教育を母国語で受けられず貧しい国々も沢山あります。英語を使う能力の向上が国民の豊かさや幸せに繋がるように英語教育はあるべきだと思うのですが・・・。この「英語特区」なるものが、そうしたものなのかどうか?やはり慎重に検討すべきではないでしょうか?

九州大の施光恒氏は自身のメルマガで、言語教育の専門家ロバート・フィリプソン氏の論である、「世界の英語教育業界に おいて、誤っているのに広く受け入れられてしまっている5つの誤謬」を以下の通り紹介しています。(フィリプソン/平田雅博ほか訳『言語帝国主義──英語支配と英語教育』三元社、2013年(原初は1992年に出版))。
(1)単一言語使用の誤謬、つまり「英語は英語で教えるのが最もよい」という信条

(2)母語話者の誤謬、つまり「理想的な英語教師は母語話者である」という信条

(3)早期教育の誤謬、つまり「英語学習の開始は早いにこしたことはない」という
信条

(4)最大受容の誤謬、つまり「英語に接する時間は長いにこしたことはない」とい
う信条

(5)減算的言語観の誤謬、つまり「英語以外の言語の使用は英語の水準を低下させ
る」という信条

フィリプソン氏は、多くの論拠を挙げながら、これら5つの信条がいずれも誤りで、
学術的根はあまりないのではないかと論じています。

フィリブソンさんの論が正しいかどうかはさておき・・・
日本人は歴史的に見ても真面目すぎるためか、ある方向に急に舵を取ったかと思うと思考停止して突っ込んでいくことで失敗してしまうという愚を何度も犯してきた民族です。勿論、そうしたエネルギーを持っていたからこそ、今の日本の発展もあるのでしょうが、成熟した今の日本がハングリーな時代のようにある方向に突っ込んでいく姿には大きな不安を覚えずにはいられません。英語を通して豊かに幸せになる道なのかどうかを私たち現場の教員もしっかり考えなくてはならない時代なのかもしれませんね。

音声学の大家であり、New Treasureの監修者でもある島岡丘先生は、日本語と英語の音の共通点に着目され、日本語発音から英語に近付くTwin-Peak 理論を提唱されています。私のような不勉強な者には島岡先生の研究のすごさのほんの一部しか理解できませんが、「日本人の英語コンプレックスを払拭したい」という熱い思いは感じることが出来ます。英語が日本語より優れているといった誤ったメッセージを与えかねない教授法や政策にはやはり疑問を感じざるを得ません。

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